第34話 呪い呪われる

 原作主人公エイデンの戦いに俺が乱入する。

 コルネリアと共に歩み寄ると、エイデンが驚愕を浮かべて言った。


「な、なんであなたがここに……」

「ちょっと野暮用があってな。それより、——お前の相手は俺がする」


 鞘から魔剣ムラマサを抜き、その切っ先を正面のバンダナ男に向けた。

 バンダナ男は、俺の顔を見るなり首を傾げて……急に笑い始めた。


「おぉ! てめぇ、もしかしてサルバトーレ公爵家のルカか?」

「それがどうした」


 俺もずいぶん有名人になったな。そういえば、こいつの部下にも名前を訊かれた気がする。

 嫌な予感がした。


 その予感を肯定するように、バンダナ男は喉を鳴らして答える。


「やっぱりか。ちょうどいいタイミングだぜ。探す手間が省けた」

「なんだ、俺のことを探してたのか」

「ああ。お前の兄貴に頼まれててな。今回の依頼と関係してたからついでに引き受けたんだよ。ぶち殺してくれってさ」

「ハァ……またその手の嫌がらせか」


 前に俺に刺客を差し向けた奴と同じだろうな。

 数年はずっと平和だったのに、今更また慌て出したのか?

 くだらない。わざわざ俺に獲物を貢ぐようなものだ。


「嫌がらせ? ちげぇよ。今からお前は死ぬ。恨むんなら、お前の殺しを依頼した兄貴を恨むんだな」


 そう言ってバンダナ男が地面を蹴った。

 素早く俺の側面に回り、曲刀を振り下ろす。


 その一撃を、俺はノールックで防御した。


 キィィィンッ!


 金属同士がぶつかり合う不快な音が耳に届く。

 バンダナ男の筋力と俺の筋力は拮抗していた。ぴくりとも防御した刀は動かない。


「なにっ⁉」

「こんなもんで驚くなよ。サルバトーレはオーラの一族。お前より俺のほうが弱いとでも思ったのか?」


 相手のカトラスを弾く。

 薬を飲んだ影響もあるだろうが、俺のオーラ量はバンダナ男より上だった。


 わずかに後ろへ下がったバンダナ男は、怪訝な視線を向けながら舌打ちをする。


「チッ。噂通りの化け物ってわけか。一筋縄じゃいかねぇな」


 バンダナ男がさらにオーラを放出する。

 悪くない量だ。今まで出会った敵の中では一番かもしれない。

 だが、それでも俺には勝てない。


 相手のオーラに合わせて量を調整し、再び剣を打ち付け合う。

 甲高い音が響き、お互いに何度も武器を振っては火花を起こした。


「こいつ……まさかわざとやってんのか⁉」

「気づいた? いいね、お前、センスあるよ」


 バンダナ男の剣を斜め下に逸らし、ガラ空きの懐へ蹴りを入れる。


 クリーンヒット。

 バンダナ男は涎を撒き散らして背後へ転がっていく。


「クソッ! 調子に乗るんじゃねぇよ、ガキが!」


 立ち上がり体勢を整えたバンダナ男は、そう吼えるなり懐から新たな武器を取り出した。


 不気味な装飾の施された短剣。

 鞘から抜き放たれたのは、明らかに呪いの武器だった。


「それは……」

「ククク。俺がかつて奪い取った呪いの武器さ。商人はこれを神殿へ運ぶ途中だったらしいが、もったいないだろ? こんないい物を浄化するなんて」

「商人を殺して奪い取ったと」

「ああ。最後にはその商人をこの短剣で殺してやったぜ。あの時の苦しむ顔は今でも忘れられない」

「後悔してるのか?」

「まさか。楽しすぎて忘れられねぇんだよ‼」


 ギャハハハ、と品のない笑い声が耳障りだった。

 ずいぶんと呪いの武器に精神を侵食されたな。


 呪いの武器は所有者の精神を蝕む欠点がある。よほど呪詛に精通している者でないかぎり、バンダナ男みたいに狂気に取り付かれてしまうのだ。


 実にもったいない。そこそこ才能はあったはずなのに、最後はガラクタ頼りの精神汚染者だったとは。


 もう少し楽しめるかと思っていたが、もう終わりだな。

 ついでに、アスタロトと契約したことで得たもう一つの恩恵を確認しておくか。


 スッと俺はムラマサを下げ、無防備状態でバンダナ男を見つめた。

 バンダナ男は短剣を構えて地面を蹴る。


「ははっ! 舐めてると痛い目に遭うぜ——⁉」


 バンダナ男が短剣の切っ先を放った。

 鋭い一撃。それを、俺は——


 ぐさりと鈍い音を立てて刃が掌を貫通する。

 噴き出した血がわずかに俺の服を赤く染めた。


 バンダナ男の表情が勝ちを確信する。


「馬鹿が。この短剣に傷付けられた奴は、強力な呪いを受ける! 素手でガードするなんざ頭おかしいんじゃねぇか⁉」


 ギャハハハ、と耳障りな笑い声が響いた。


 短剣からどす黒いオーラが流れ込んでくる。短剣そのものが持つ呪詛だろう。

 呪詛は俺の体にまとわり付き……直後に弾けた。




「……は?」




 その光景を見たバンダナ男は、急に表情を固めて唖然とする。

 ちらちら視線が短剣と俺の顔を行き来した。


 平然と俺は口を開く。


「検証完了だな。俺の予想通りでよかった」

「なっ……なんで呪いを受けてねぇんだよ⁉」

「あいにくと呪詛には強い体なんだ。悪魔の影響でな」

「あ、悪魔? てめぇ……悪魔と契約してやがるのか⁉」

「たまたまチャンスがあってね。お前のおかげで、悪魔の力を再確認できた」


 グチャグチャっという音を立てて、男の短剣から左手を抜いた。

 血が溢れるように流れるものの、即座に祈祷で治癒される。


「面白い体験だったよ。呪いを一時的にでも受けるとあんな感じなのか」

「く、狂ってやがる……実戦で呪いの武器をわざと受けるなんて……」

「狂うくらいがちょうどいいんじゃないか? お前も、すぐに同じ思いをすることになるよ」


 スッと右手を持ち上げる。

 そこに握られているのは、呪いの魔剣ムラマサ。


 怪しく光る刀身をバンダナ男に向けると、無防備な体に叩き込んだ。

 鮮血が美しく視界を染める。


 さあ、少しでも苦しみを味わってくれ。

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