第45話 リソースの無駄遣い

「なんでお前が封印指定魔法なんて知ってるんだ」


 魔法による火傷の痕を完全に治療したルシアを見て、俺はとりあえず問いかけた。

 彼女は不敵に笑う。


「ふふっ。あなたも気になるのかしら、封印指定魔法が」

「まあな」


 正直、気にならないと言えば嘘になる。


 俺も魔法の道を歩む者。今の俺に足りない要素を満たしてくれる魔法の存在は、心が躍る。


「どうしようかしら。別に教えてあげてもいいけど……あなたは私に何を差し出してくれる?」


「交換条件か」

「当然でしょ。封印指定魔法がタダで手に入るとでも?」

「そうだな……お前をボコボコにして無理やり拷問するのはどうだ?」

「悪くないわね。あくまで、私に勝てればの話だけど」


 言って、ルシアが魔力を練り上げた。

 反射的に俺も魔力を練り上げる。

 ルシアの体から漏れ出た闇が、鋭い刃となってこちらに降り注ぐ。

 それを同じような形に変化させた炎の棘で迎え撃つ。


 しかし、


「ッ」


 俺の魔法は、ルシアの魔法と激突して——吸収された。

 音もなく炎魔法が消える。

 ルシアの魔法は健在だ。無数の刃を後ろに跳んで避ける。


 黒い刃は地面に深々と刺さっていた。殺傷性がないようには見えなかったが、そういう性質を持っているのだろうか?


「なるほど。魔法を吸収するのか」


「便利よね、この魔法。あなたの魔法ですら封印指定魔法の前じゃ無力。頭を下げて謝るなら許してあげるわよ?」


「問題ない。どうせ吸収できるのは魔法……いや、厳密には魔力だけなんだろ」

「なっ」


 図星だったらしい。ルシアの表情に驚愕が浮かぶ。

 せっかくの強力な魔法も、使い手が未熟だと無意味だな。


 たしかに魔法を呑み込む性質は厄介だが、幾つもの手札を持つ俺にはあまり意味をなさない。


 俺にはまだ力が三つはあるからな。

 オーラを強固に練り上げる。

 その状態でルシアの懐へ飛び込んだ。先ほどよりさらに速い。


「くっ! それが——どうしたっていうのよ!」


 ルシアは俺の接近を嫌い、これまでどおりに設置型の魔法と別の魔法を組み合わせて攻撃してきた。


 その間は闇の魔法が出てこない。


 これはチャンスだと攻撃魔法を放った。魔法はルシアの眼前で爆発。彼女は後ろに転がった。


「きゃあああ!」


 痛みに悶える。


「ははっ。いくら傷を治すことができても、痛みに強くなるわけじゃないみたいだな」


 だったらやるべきことは単純だ。

 何度もでもルシアを攻撃し、傷付け、心を折る。


 あの闇が無制限に出せる類の魔法とは思えないが、念には念を入れてじっくり潰そう。


 ドラゴンの討伐前に、無駄に怪我を負って神力を消費したくないからな。

 剣を片手にルシアへ肉薄する。

 ルシアはあの黒い刃を生成するが、オーラをまとった俺の剣なら弾ける。

 魔法で迎撃しなかった分、防御が遅れた。


 俺の剣がルシアの両腕を切断する。


「ああああああ!」


 ルシアの断末魔が響く。

 地面に大量の鮮血が流れ、ルシアの絶望と苦悶に染まった表情がよく見える。


「残念だったな、ルシア。封印指定魔法は面白いが、相手が悪かった。俺には通用しない」


「ぐぅっ! なんで! どうして⁉ 私は、まだあなたに届かないの⁉ 私は……あなたには勝てないの?」


 血を流しながら、よろよろと膝を突く。


 黒い魔力がルシアの体を覆った。切断された腕を生やす。俺の祈祷より性能がいいな。


 当然、彼女の回復を待つ。ルシアに死なれると、封印指定魔法の件がなくなる。


「お前が昔のまま努力していれば分からなかったよ、勝敗は」

「どういう……どういう意味⁉」


 彼女は叫んだ。

 今の自分を否定されて憤っている。

 だが、事実は事実として突きつけないといけない。

 彼女ほどの才能が、ここで腐るのはもったいないっていうのもあった。

 それに、ルシアには明確な役目がある。

 せめてそれを果たしてから死んでくれ。


 そんな気持ちを籠めて俺は口を開いた。


「お前が純粋に魔法の研究さえしていれば……もっと制御力を上げて俺を翻弄することもできたはずだ。少なくとも、こんな一方的にはならなかった」


 ルシアは道を踏み外した。


 封印指定魔法の性能があれば俺に勝てると踏んだんだろうが、かえって鍛錬の時間が——リソースがそちらに割かれてしまった。


 それじゃあ中途半端だ。怪我を治す程度に留めていれば、もっと手強かっただろう。


 本当に残念だ。


「違うっ! 私の努力が間違ってるはず……!」


 ガン、ガン! と彼女は地面を強く叩いた。

 皮膚が裂けて血が流れる。


 その様子を眺めながらさらに追い打ちをかけようとするが——そこへ、新たな反応が現れる。


 俺もルシアも同時に山頂のほうへと視線を向けた。


 俺たちの前に……空に、一匹の大きな影が差す。

 こちらを睨む黄金色の瞳には、強烈な殺意と憎悪が宿っていた。

 俺もルシアも呟く。敵の名前を。




「「ドラゴン……」」




 俺たちの戦いがうるさくて巣穴から出てきたらしい。

 バサバサと翼をはためかせ、空気を震わせるほどの叫び声を上げた。




「グルアアアアアアア‼」





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【あとがき】

新作、

『勇者パーティーを追放された精霊魔法使いは、亜人や魔物と旅をする』

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