第47話 甘い誘惑

 体が軽い。


 厳密には、人一人分抱えて洞窟の底へと落ちているのだから、重力が加わって本来の何倍も重くなっているはずだ。


 しかし、自由落下中も俺は冷静にオーラを練り上げる。

 あとどれくらい落ち続けるのか。

 それ次第では、ルシアを抱える俺の身もただでは済まない。

 だが、不思議と確信があった。


 俺なら問題ない——と。


 そしてその時はやって来る。


 凄まじい衝撃と轟音を響かせて、俺の足が地面と接触する。

 足から頭まで衝撃は駆け抜けた。

 一瞬、意識を失いそうになるが、ギリギリのところで耐える。


 いつ落ちてもいいように祈祷を発動し続けていたのが幸いだった。

 ぶちぶちと嫌な音を立てる足元を、傷つきながら治療する。

 ほんの数秒後には、感じた痛みが嘘だったかのように全快した。


 しばらくルシアを抱えた状態で停止し、やがて彼女を地面に下ろす。

 ハァ、と深いため息が出た。


「ああくそっ。あのドラゴン、余計な手間をかけさせやがって……」


 ルシアは気絶している。

 落下中に意識が途切れた。


 その後、彼女の体にも衝撃は伝わっていたが、俺の膨大なオーラに守られて無傷——とまではいかないが、祈祷を合わせて体の傷は消えている。

 要するに二人とも無事ってことだ。


 上を見上げ、どうしたものかと考える。


「オーラを使っても上りきれるか?」


 穴は大きい。

 俺がルシアを抱えて飛び跳ねていくには、幅の広さが心配になる。


 おまけに上空にはドラゴン。

 シェイラが上手く逃げきれているといいが、そうでもないなら今頃は戦場と化しているはず。


 すぐに戻りたいが、落ちている最中に相当量のオーラを消費した。

 今すぐには不可能だ。


「そもそもここはどこなんだ? 坑道ならどこかで地上へ上がるための道に繋がってるはずだが……」


 俺とルシアが落ちた場所には、綺麗に削り取られた道がある。

 この道を歩いて行けばいずれ階段を上がって地上へ出れるかもしれない。

 オーラの自然回復を待つよりは早そうだ。


 そう思って、渋々ルシアを抱き上げようとした——その時。


「ん、んん……」


 ルシアの意識が戻った。

 ぱちりと目を開け、俺と視線がぶつかる。


 朦朧とする意識の中、しばし俺の顔を見つめると……、


「ッ⁉」


 彼女は跳ねるように起き上がった。

 直後に後ろへ下がる。


「あ、あなた!」

「起きたか。タイミングがいいな。状況は分かってるだろ。面倒事はなしでいこう」

「状況? ……あっ」


 自分がドラゴンに攻撃され、間一髪のところで俺に助けられたのを思い出したのか、彼女の顔が真っ青になる。


 危うく死ぬところだったのだからな。

 その恩は当然着せる。


「礼は要求するから気になるな。お前が知ってる封印指定魔法を教えてくれればいい」

「ふ、ふざけないで! どうして敵であるあなたにそんなこと教えないといけないのよ!」

「お前が今怒れるのは誰のおかげだ? それに、別に敵になった覚えはないぞ。勝手にお前が敵視していただけだろ」


「ぐっ! それ、でも……あれは、私にとって唯一の光明なの……」


「ふむ。お前が俺を超えたい理由は理解できる。が、そのまま封印指定魔法を極めようとしても意味ないぞ。俺のほうが強い」


「なっ⁉」


 かぁぁぁ! とルシアの顔が赤くなる。

 しかし、先ほどの戦いを思い出して何も言えなくなった。


 所詮、彼女が使う封印指定魔法は祈祷の代わりにしかならない。

 いくら頑張ろうと魔力を呑み込む程度の性能では、いずれ限界がくる。

 そして彼女はそのことを充分に理解していた。


 そこへ、俺が甘い誘惑を送る。


「もちろん、封印指定魔法に意味がないわけじゃない。お前は鍛錬の仕方が悪いんだよ。それに、一つの力に固執してもしょうがないだろ」

「それは……! じゃあどうしろっていうの? どれだけ頑張っても私はあなたに勝てないの?」


「俺は最強だからな。けど、諦めないかぎり強くなり続けることはできるだろ」


 すっと右手を差し出す。


 掌に氷が生成される。パキパキと花の形を作った。


「その魔法は……」

「これは俺が開発した複合魔法だ。お前ならすぐにものにできるだろう。教えてやるから封印指定魔法を教えろ」

「は、はぁ? なんで私にそこまでしてくれるの?」


「お前は原石だ。魔法においては俺と同じくらいの才能がある。ここで失うのはもったいない」


 最近、俺は考えるようになった。


 仮に俺一人が最強になったところで限界はある。

 馬鹿みたいに強い奴に囲まれた時、対処できるだけの『肉壁』がいると。


 仲間を作ることにはリスクもあるが、その点、原作のヒロインという立ち位置はかなり美味しい。

 ヒロインは性格がいいからな。俺を裏切るような真似はしないだろう。


 仮にしても、呪詛を覚えていけば隷属の契約もできる。

 すでにルシアの性格がいいかは置いといて、彼女を逃すより味方につけて利用したほうがいい。


 それが彼女のためにもなる。


「俺と来い、ルシア。俺がお前を強くしてやる。だから、お前は俺を強くしろ。俺や俺が認めた奴以外は皆殺しにしてもいい。ただ、俺のために傍にいろ」


 氷の花の手渡し、ルシアに協力を仰ぐ。

 今の傷付いた彼女には、俺の提案を断ることはできない。

 なぜなら……すでに彼女の顔は、誘惑に惹かれている。


 真っ赤なのはそういうことだろう。





———————————

【あとがき】

本作には関係ありませんが、近況ノートに重大告知があります!

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