第48話 ルシアの様子がおかしい

「…………」


 俺から氷の花を受け取ったルシアは、なぜか硬直していた。

 薔薇のように赤くなった顔で、じーっと俺を見つめ続けている。


「? おい、どうしたルシア。返事はないのか」

「は、はひっ!」

「はひ?」


 おかしい。ルシアの様子が明らかにおかしい。

 声をかけた途端に視線が逸れた。顔は真っ赤なままだが、ぐるぐるとあっちへいったりこっちへいったり忙しない。


 困惑……とでも表現するべきなのか。

 先ほどの俺の言葉に、何か誤解を招くようなものがあっただろうか?

 いやない。

 そう断言する。


 俺はたしかに言ったはずだ。


 『俺はお前を利用するから、お前も俺を利用すればいい。力を貸せ』

 と。


 それ以外のなんでもない。

 きっとルシアが誤解したかもしれない——と俺が誤解しているだけだ。

 気にせず手を伸ばした。


 いまだ忙しない彼女の腕を掴むと、無理やり傍に引き寄せる。


「沈黙は肯定ととるぞ。これでもうお前は俺から離れられない。さっさとここを出て魔法の訓練でもするぞ」

「は、い……」

「?」


 本当にどうしたんだ、こいつ。

 急にしおらしくなった。

 見ていて妙に不安をかき立てられるが、深く気にしてもしょうがない。

 今はこの洞窟から脱出する方法を模索しなければ。


 そう思って俺は、ルシアの手を腕を握ったまま歩き出す。

 適当に道を歩いていけばやがて出口に辿り着けると思っている。

 が、現実は甘くなかった。


 気のせいかどんどん出口から遠ざかっているように思える。


 というのも、俺たちが落ちてきた穴の位置、向いてる方角を照らし合わせた結果、洞窟の奥へ繋がる道は、見事に逆方向に続いていた。


 まさか遠回りしないと出られないのか?

 そんな考えが脳裏をよぎる。

 しかし、他に道はない。俺たちに選べる選択肢は、最初から遠回りだった。


「チッ。本当に厄介なことをしてくれたな、あのトカゲ。地上に戻ったら絶対に殺してやる」


 今日一の殺意が漏れ出る。


 あの馬鹿野郎が地面を砕いてルシアを叩き落とさなければ、今頃ドラゴンをズタズタにできていたのに。


 ……ああ、そうだ。

 ドラゴンといえば彼女には言っておかないとな。


 歩きながら後ろに声を投げる。


「ルシア」

「ッ。な、なに?」


「お前は俺が守ってやる。だからドラゴンは俺のものだ。最初から自分が勝てないのは分かりきっていただろ」


「それは……う、うん。分かった。頑張ってね?」

「が、頑張れ?」


 ぞわっとした。


 俺に出会った瞬間戦いを挑んできた戦闘狂はどこへいった?

 なんでそんなに大人しくて素直なんだ。

 逆に不気味に思えてくる。


 だが、譲ってくれる分には助かる。後ろから攻撃されても鬱陶しいだけだしな。




「——ん?」


 ぴたりと俺の足が止まった。

 ルシアも動きを止める。

 俺たちは同じものへ視線を飛ばした。同時に、疑問を抱く。


「あれは……魔物か?」

「魔物ね」


 驚いた。素直に驚いた。

 洞窟を歩いていった先に、骸骨の魔物がいた。

 間違いなく死霊系モンスターの一種、スケルトンだ。


 別に強くはないが、耐性が豊富で厄介な相手だ。弱点も少ない。

 けど、スケルトンがいるってことは……。


「この辺りで人でも死んだのか」

「鉱山だもの、人が死んでいてもおかしくないわ」


「だな。個人的には、ダンジョン化してくれると嬉しいんだが……まあいい。ルシア、あいつを倒してくれ」


「私が?」

「力は温存しておきたいんだ」

「わ、分かったわ。任せて」


 ルシアは少しだけ嬉しそうに口端を持ち上げると、片手を上げて光を飛ばした。

 死霊系モンスターは主に光と炎を嫌う。

 神聖なものと熱だな。

 洞窟内で炎を使うと危険だが、光ならば問題はない。


 その判断のもと、光の弾丸がスケルトンの骨の体を貫いた。

 お見事。


「さすがだな。いい腕だ」


 寸分の狂いもなく標的を貫いた。

 パチパチと俺は拍手する。


「あんなの、外すほうが難しいわ」

「さいで」


 名門の天才は言うことが違う。

 そう思いながら再び歩みを始めようとした——瞬間。


 カチャ。カチャ。


 洞窟の奥から何かの物音が聞こえた。

 次第にその音は近づいてくる。


 足音か?

 嫌な予感がする。

 そしてその予想はたいてい的中するのが世の常。


 暗闇の中から、数体のスケルトンが姿を見せた。

 それを見た瞬間、ルシアが大きく言う。


「なっ⁉ 複数体のスケルトン⁉ どれだけの人間が死んだのよ……」

「ははっ。ちょっと面白くなってきたな」


 もしかしてもしかするのか?

 俺の願望通りに、この鉱山がダンジョン化していたり。


 徐々に近づいてくるモンスターたちを見つめながら、俺は無意識に口角を吊り上げてしまった。


 仮にダンジョンとなっているのなら、ドラゴンを殺したあとで攻略したいものだ。

 下手すると、ドラゴンを倒す前に攻略しないといけない状況かもしれないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る