第39話 オリジナル魔法

 兄ティベリオスは強い。


 少なくとも、純粋なオーラの競い合いでは分が悪いだろう。兄さんはオーラにのみ適性を持っている。

 それは、俺と違ってオーラのみを鍛え続けることができるということ。

 初速において、どう足掻いても俺は兄さんには勝てない。


 歳の差もある。過ごした時間の差もある。長年の経験もある。


 全てにおいて俺はティベリオス兄さんには劣るだろう。そこは素直に認める。

 だが、こと魔法においては話が変わる。


 ティベリオス兄さんは知らない。俺が魔法まで使えることを。


 厳密には、魔法の適性を持っていることは知ってるはずだ。そのくらいは、情報が回ってる。

 しかし、やはり兄さんは知らない。


 俺の扱う魔法が、


 掌に浮かべた火属性の魔法を見て、ティベリオス兄さんは口端を持ち上げて笑った。


「はっ! なんだその灯火は。そんな小さな炎で、俺のオーラを突破できるとでも?」

「まさか。そこまで舐めていませんよ、ティベリオス兄さん」

「なら何に使うと言うんだ! 例え小細工を弄しようと、俺には効かんぞ!」


 ティベリオス兄さんは地面を蹴る。

 わざわざ俺のほうへ飛び込んできてくれた。


 いらっしゃい、兄さん。


 俺は兄さんの動きを読んで後ろに下がる。時間を稼ぎ、その間に魔法を強化した。


 オーラで包まれた魔法は、オーラの性質を受けて魔力自体が強化される。

 これは魔力の質の話だ。

 魔法自体が強化されているわけではない。勘違いしやすいが、似ていても決定的に違う。


 では魔力が強化されるとどうなるのか。その説明が必要になる。

 答えは簡単だ。


 魔法が強化されず、魔力の質のみが上がる。自然と、魔法の効果は上がるが、魔法のサイズに変化はない。

 要は、ゲームでいう+補正を得られるってこと。


 これの何がいいかって、相手は強化された魔法と通常の魔法の見分けがつかない。


 初見殺しにピッタリな攻撃で、かつ魔力の消費が少なく済む。

 圧縮とかいう技術もいらず、圧縮すればさらに火力を溜められるという、全てにおいてお得な技術。


 ああ……何の気兼ねもなく人にぶつけるのはこれが初めてだ。


 コルネリアやシェイラにはどうしても殺さないように力をセーブして使うからな。

 その点、ティベリオス兄さんは死んでも問題ない。そもそも、強靭なオーラの守りがあるから死ぬことはないだろう。


 強化魔法の準備が整うのとほぼ同時に、ティベリオス兄さんが再び突っ込んでくる。


 本当に俺の魔法が怖くないようだな。


 馬鹿が。どんな敵、どんな攻撃であろうと、相手の狙いを推測するのが戦いだ。

 分かりやすく警戒するよう誘導したのに、相変わらず愚直な男である。


 まっすぐに、素直に、顧みることなく敵を殺す。

 それがティベリオス・サルバトーレという男だ。


 実に——御しやすい。


 そこだけは好きだよ、兄さん。


 内心でにやりと笑い、剣を構える兄さんに、強化魔法を放った。

 バレーボールくらいの炎が着弾し、——弾ける。


「ぐああああああ⁉」


 轟音と熱波。兄さんの叫び声と土煙で視界も聴覚も満たされる。

 すぐに音は止んだが、盛大に爆発した火属性魔法の影響で視界は最悪だ。


 けれど、分かる。


 ティベリオス兄さんは俺の強化魔法に直撃した。あの無様な叫び声が何よりの証拠である。


 すぐに風属性の魔法を使って周囲の煙を吹き飛ばすと、二十メートルほど先に転がるティベリオス兄さんの姿が見えた。


 兄さんは苦しみながらも立ち上がる。

 その姿に俺は思わず拍手した。


「凄いね、兄さん。今の攻撃をモロに受けて無事だなんて」


 見たとこ五体満足どころか、重症を負っている素振りすら見えない。


 まあ、俺も手加減したところはあるからな。オーラの使い手が相手ならこんなもんか。


「る、ルカぁ! お前、いったい何をした⁉ あんな魔法、見たことがないぞ!」


 珍しく鬼のような形相でティベリオス兄さんが呻く。

 呪詛にも似た低い声に、しかし俺は平然と嘘を吐いた。


「何って……ただの灯火ですよ。兄さんが自分で言ってたじゃないですか」

「嘘を吐くな! あのサイズの魔法に、あんな威力が籠められてるわけあるかぁ!」

「ほら、俺って天才だから。兄さんが知らなくても仕方ありませんよ」


 言外に、「俺とお前の才能の差だろ?」と籠めて発する。


 意味を理解したティベリオス兄さんは、怒り顔を続けて——すぐに笑みへ戻した。あまりにも気持ちの悪い変化だ。


「そ、そうか。さすがだな、ルカ。うん。ルカは凄い。ルカのためにも、俺はもっと頑張らないといけないな」


 そう言うと、ティベリオス兄さんはさらにオーラの総量を上げた。まだ底を尽かないのか。純粋に尊敬できるな。


「さあ、もっとやろう、ルカ! 俺はまだまだ戦えるぞ」

「俺としては、そろそろ痛み分けにしてほしいところなんですけどね」

「サルバトーレ公爵家の人間が何を言ってる! 例え模擬戦であろうと、相手を殺すつもりで剣を振れ。それが、俺たちらしい戦い方だろ⁉」


 にちゃぁ、と笑みを貼り付けたままティベリオス兄さんが地面を蹴る。

 もう俺を殺したいんだと嘘を吐く気もないらしい。


 個人的にはいろいろ実験もできたし、ティベリオス兄さんクラスの実力者もある程度分析ができた。そこまで戦う理由はないが、退けないのもまた然り。


 しょうがない。さらに魔法の実験をするとしよう。


 俺は一度に複数の属性を混ぜ合わせ、一つの魔法へと昇華した。

 これを『複合魔法』と呼ぶ。俺のオリジナルだ。


 まだ他の誰にも教えていない技術を前に、明らかにティベリオス兄さんが驚愕していた。


「そ、それは⁉」


 剣を振りながら、慌てて俺を殺しにいく。


 おいおい、余裕がないぞ、兄さん。


「なんでしょうね。俺にもよく分かりません」


 しれっと分かる嘘を吐きながら、できあがった二色の魔法にオーラを組み込む。


 この魔法、普通に考えれば、同時に魔法を二つ撃てばいいと思うじゃん?

 オーラの消費量は増えるが、純粋に手数が増す。効率的な観点から見ても、当てやすい並列発動のほうが使い勝手がいい。


 だが、あえて合わせることで威力をさらに底上げする。

 何よりも、この魔法の一番の長所は——複数の属性を一度に当てられるところにある。


 ゲームみたいな属性相性など存在しないが、例えば火と風。これを組み合わせると、より火の威力が増加する。

 では水と風は? ゲームでは使えなかった氷へと変化する。


 つまり、この複合魔法には様々な可能性があった。


 素晴らしい!


 最初は魔物相手に使える魔法かと思ったが、使えば使うほど味が出る。

 人間相手に使うのは本当に初めてだが、相手が兄さんでよかった。制御をミスって自爆しても、兄さんなら受け入れてくれるだろ?


 なに、弟からの愛だ。

 そして……戦うなら、殺すつもりでこい、だろ?


「る、ルカ……お前……!」


 もう抑えられない。口角が上がり、笑みを浮かべて言った。




「いくぞ、ティベリオス!」




 昂る気持ちに全てを任せ、俺は完成した魔法を放つ。


 前方方向へ解き放たれた魔法は、ティベリオス兄さんを含めた地面、空間を——見事に凍結させた。


———————————

なんだ氷かよ……と思ったそこの読者様!

氷でも常人なら死にます。魔法はそれほど強力なんです……ええ、きっと。たぶん。

まあそれはともかく、魔法の組み合わせってロマンありますよねぇ

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