第40話 学院長

 パキ、パキパキ、と目の前の空間が凍りつく。

 肌を刺すような寒気に襲われた。それでも俺は、正面の氷を見つめ続ける。


 数十メートルにもおよぶ巨大な氷壁は、たった一人の人間を閉じ込めるために使われた。


 その上部に、男がいる。

 防御体勢を取ったままぴくりとも動けないでいた。


「さすがティベリオス兄さん。あのタイミングで上に飛ぶなんて勇敢だねぇ」


 俺の魔法は完璧に発動した。氷が全てを包み、あわやティベリオス兄さんは死ぬところだった。


 そうならなかったのは、ひとえに兄さんの判断能力の高さ。

 咄嗟に全身が凍りつく前に上へ逃げたのだ。


 上半身を含む残りの部位は凍結したが、唯一、首から上は無事だった。

 オーラをまとっているし、例え全身を氷漬けにされても生きてるとは思うけどね。


「ルカ……今の、魔法は……なんだ?」

「自分で考えなよ。というか、大丈夫そう?」

「これの、どこが大丈夫そうに見える! 早く、解除してくれ!」

「意外と元気そうじゃん」


 自分で作った氷の壁に触れる。手を介して氷に熱を送った。ゆっくりと氷を溶かしていく。


「勝負は俺の勝ちでいいよね? 誰がどう見たって兄さんの負けだし」

「……認めるのは癪だが、そう、らしいな」


 本当に悔しそうにティベリオス兄さんは顔を歪めた。


 あぁ、悪くない。奥の手まで出してしまったが、いろいろと検証はできた。

 多少手の内がバレたところでお釣りがくる。あの表情を見たらね。


 全ての氷が解けて、ティベリオス兄さんが解放される。


 体のいたるところが壊死していた。氷の魔法は、使い方によっては凶悪な武器になる。


 あれが炎や別の属性だったら……もう少しダメージを与えられていたかな? まあいいや。


 鬱陶しい兄さんのオーラを貫通するには、氷属性の魔法が今の最適解だった。

 氷の魔法なら、オーラによる肉体の強化は関係ない。生物である以上は、寒さからは逃げられないのだ。


「ああクソッ! 絶対に勝てると思ってたのになぁ! お前を殺せなくて残念だよ」


 全身に激痛が走っているであろう状態にもかかわらず、ティベリオス兄さんはにこりと笑ってみせた。


 もはや本音を隠すことすらできていない。


 だが、最初から分かっていることだ。ティベリオス兄さんもまた、俺が殺意を向けられていることを理解していた——と知っている。


「俺も残念だよ。もう少しズレていたら……兄さんを殺せたのに」

「ははっ。いいね。他の連中はノルン姉さんに怯えて腐ってるが、お前は違うらしい」

「そう思うなら頑張って姉さんに挑みなよ。ビビってんの?」


「当たり前だろうが! 俺が昔、ノルン姉さんにボコボコにされたこと、忘れたとは言わせねぇぞ!」


「自業自得じゃん」


 ブチギレて暴れたノルン姉さんは、かつて剣を持っていたティベリオス兄さんを素手でボコボコにした。


 武器を握力で破壊し、兄さんのオーラによる防御力をほぼ無視して攻撃を通していた。


 記憶によると、全身の骨がかなり粉々に砕かれていたんだっけ。その状態でも治せるんだから、祈祷って便利だよねぇ。


 今更ながらにしみじみとそう思った。


「うるせぇ! けどな、俺は諦めちゃいねぇ。また姉さんに挑み、今度は勝つ!」

「無理だね」

「あ⁉」

「今の俺に勝てないようじゃ、ノルン姉さんの足元にも及ばない」


 今の姉さんの実力は知らないが、少なくとも俺の複合魔法を受けても傷一つ付かないだろう。それも、直撃した上で。


 あの人はマジでゲームのバグなんじゃないかと思う。

 それより強い父はもはや人間じゃない。


 しかし、いずれ超える敵だ。今はまだ届かなくても、成長速度は俺のほうが上。

 いずれ、刃が首に届くはず。


「……はっ。つまんねぇ。もう帰るわ」

「稽古はいいの?」

「充分にボコボコされたっての。また会いに来るから、その時まで待ってろ」

「まだ諦めてないんだ」

「当たりめぇよ! 俺は諦めが悪いんだ」

「あっそ」


 なぜか楽しそうにティベリオス兄さんは訓練場から立ち去っていった。

 その後ろ姿を眺めていると、ふいに、入れ違いで見覚えのある人物がやって来る。


 彼女は、俺の姿を見るなり手を振った。人当たりのいい笑みを浮かべる。


「やあやあ! こんにちは、サルバトーレの若き獅子よ」

「……


 俺が在籍する王立学院の学院長、フェオドラ・モルガン。

 あのルシア・モルガンの姉だ。


「そう警戒しないでくれ! 私は別に、君に傷付けられた可愛い妹の復讐をしようだなんて思っちゃいないからね」


 俺が鋭い視線を向けると、学院長フェオドラが両手を前に突き出してストップを求める。

 俺は警戒心を解かないまま続きを促した。


「何の用ですか」

「冷たいねぇ。私はこんなにも君に興味があるっていうのに」

「俺は興味ありませんから」

「むぐっ……傷付いた……妹だけじゃなく、姉である私も傷付ける気かい?」

「お望みとあらば」


 モルガンとサルバトーレが不仲なのは知ってるだろうに、なんだこいつ。

 本当に何しに来たのか謎だった。

 さっさと用件を話せ用件を。


「やれやれ。可愛くない子だ。でも、いい。凄くいい。先ほどの戦いは見させてもらったよ。君のおかげで魔法の深淵に近づけた。よかったら、さっきの魔法を教えてくれないかな?」


「お断りします」


 なんでお前に教えなきゃならん。


「ですよねぇ。最初から分かってたよ。だから、私も面白い情報を君に渡そうと思ってね。もちろん、釣り合っているとは思っていない。ただ、友好の印ってことで」


「面白い話?」


 それが本題か。

 にやりと笑って彼女は言った。




「ドラゴンさ、ドラゴン。目撃情報があるんだ」


———————————

最初は死ぬ予定だったティベリオスくん

よくよく考えたら彼は普通に強いので、まあギリ生かすか、という判断に!

まあルカはクソ強いんですが(ほとんどの兄弟よりこの時点で強い模様)。

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