第38話 殺意と殺意

 ティベリオス兄さんが、俺の予想とは違った提案をする。


 それは、俺との稽古。


 要するに剣を持って戦いたいってことだよな?


 内心でにやりと笑う。この展開を、心のどこかで俺は待ちわびていた。


 緩む口元を必死に筋肉で押さえつけながら、どうにか平常心を保って返事を返す。


「俺とティベリオス兄さんが戦うってことですか?」

「そうそう。俺もさ、神童って言われてたルカがどれだけ強くなったのか知りたいんだよ~。もちろん、真剣は使わない。手加減もするぞ」


 ニコニコと楽しそうに笑うティベリオス兄さん。

 表面上は取り繕っているが、俺への敵意を隠せていない。その証拠に、目が笑っていなかった。どこまでも慎重に俺の内面を探っている。


 だが、都合はいい。相手が俺のことを舐めている間に、こちらもティベリオス兄さんと同じことをすればいい。


 ——敵情視察。


 ティベリオス兄さんが俺との戦いで実力を測りたいように、俺もまた、今後敵になるであろうティベリオス兄さんの実力を測っておきたい。


 おそらく、今の俺じゃまだ勝てない。だからこそ、対策を立てておきたかった。


 やや悩む素振りを見せてから、俺は答える。


「……分かりました。兄さんがそれを望むなら、俺もこれまでの集大成をお見せしましょう」

「おお! さすがルカ! 判断の早さも天才のそれだな! はははは!」


 バシバシと陽気にティベリオス兄さんが俺の背中を叩く。

 お互いに相手の腹の内を探ろうとしているのだから面白い。


 背後で俺たちの会話を聞いていたリリスが、


『気持ち悪い兄弟。本心なんてどこにもないじゃない』


 と呟いていた。

 まさにそのとおりだ。


 俺はティベリオス兄さんが嫌いだし、ティベリオス兄さんもまた俺のことなど好いていない。

 弱者に比べればマシ程度の認識だ。結局は、彼もまたサルバトーレ公爵家当主の座を狙っている。


 俺なんかに気を取られるくらいなら、一秒でも早くノルン姉さんに追いつけるよう努力すべきだと思うけどな。


 少なくとも俺は、ノルン姉さんや現当主ルキウスを超えるつもりだ。その首に剣を添えるのが、俺であってほしいと願っている。


「それじゃあ早速、訓練場に行こうぜ! 俺は学生だったから学院の案内は不要だしな!」


 高らかにそう言ってティベリオス兄さんは歩き出した。置いていかれた俺も彼の背中を追いかける。


 あぁ……本当なら、今すぐにあの背中を刺し貫きたい。邪魔な敵が減り、自分の強さを実感できる。


 不意打ちは強さに関係ないって?

 不意打ちにやられる程度の雑魚はサルバトーレ公爵家にいない。あのカムレンやイラリオだって、さすがに背後からの攻撃には気づく。


 要するに、殺し合いがしたいってことだ。

 コルネリア相手じゃ味わえない、全力を賭した戦闘。それが、俺の望みでもあった。

 さすがにまだ時期尚早だとは思うけどな。


 煮えくり返るほどの内情に蓋をして、俺たちは訓練場へと向かった。











 歩くこと十分。

 訓練場に到着した俺とティベリオス兄さんは、互いに木剣を手に構えを取る。


 お互いの距離は三メートル弱。

 ここから全力で打ち合いが始まる。


「準備はいいなぁ、ルカ? 俺は手加減するが、お前まで手を抜くと——死ぬぞ?」

「ッ」


 強烈なオーラを感知した。

 好青年風に見えたティベリオス兄さんは、嵐のごときオーラを放つ。


 否。


 兄さんはオーラをまとっているだけだ。それがこちらへ叩き付けられるように感じるのは、ひとえにティベリオス兄さんの技量。

 総量だけでも俺より多そうだ。


 思わず無意識に口角を上げ、答える。


「問題ありません。必死に食らいつかせてもらいますよ」

「はっ! よく言った! それでこそサルバトーレだ!」


 戦いの火蓋は落とされた。

 先制攻撃はティベリオス兄さん。

 オーラをまとった状態で地面を蹴り、一瞬にして俺との間にあった距離を潰す。


 剛剣の使い手だけあって、ティベリオス兄さんの攻撃は大振りだ。しかし、あまりにも速すぎて避けるほどの余裕がない。


 俺は咄嗟にオーラをまとい、自らの木剣で相手の攻撃を受けた。

 直後、体があっさりと後ろへ吹き飛ばされる。


「チッ!」


 想像を超える威力だ。手加減するといいながら、相当量のオーラを木剣に籠めてやがる。


 地面を削りながら勢いを落とし、体勢を崩さないよう踏ん張った。やがて衝撃は完全に消える。


「ほぉ。前は俺の一撃を受け止めることはできなかったはずなのに、ずいぶん成長したな」

「何年前の話をしているんですか、兄さん」

「そうだったそうだった。一年も経てば人は劇的に変わる。それがさらに二年、三年と増えれば尚更な」


 再び剣を構え直したティベリオス兄さん。

 彼は笑みをかき消し、真剣な眼差しを向けて続けた。


「——だが、まだ甘いぞ、ルカ。今の一撃で俺の底を見たと思っているのならな」


 オーラの量がさらに増した。


「お前がここ数年で成長したように、俺もまた成長していることを忘れるな。今度はもっと強く殴るぞ」


 俺の返事を待たずにティベリオス兄さんが地面を蹴る。

 今度は背後に回られた。速すぎる。


 急いで防御の構えを取るが、本能が警告を鳴らす。体が動いたのは、これまでの経験ゆえ。


 わずかに腰を落とし、俺は後ろへ倒れるように上体を逸らす。

 体の上をギリギリ兄さんの木剣が通過した。風の音が重く鈍い。


「なに?」


 まさか今のタイミングで躱されるとは思ってもいなかったのだろう。ティベリオス兄さんの眉がわずかに下がった。その間に後ろへ退く。


「今のも凌ぐか。受けていれば木剣を粉々にできていたものを」

「やっぱりそうでしたか」


 なんとなく、俺のオーラ量では足りないと思っていた。もっと練り上げる必要があるな。


 これまで俺は、ティベリオス兄さん並みにオーラを練り上げたことがない。ひたすら総量は増やしているから、放出すること自体はできるが、試したことはないのだ。


 理由?

 そんなの、ティベリオス兄さんと同じくらい強い敵がいなかったからだ。

 必然的に全力を出すことはないし、全力を出せば過剰な威力を発揮する。


 俺が目指すのは圧倒的な力であって圧倒的な暴力じゃない。敵に合わせて効率よく、機械のように緻密に能力をコントロールしてこその最強だ。


 レベル1の敵をレベル100の火力でぶん殴っても、勝てて当然。それを調整し、レベル5くらいで圧倒してこそ——カッコいい。


 まあカッコいいかは置いといて、昔から剛剣は好きじゃなかった。

 ノルン姉さんくらい突き抜けているならともかく、ティベリオス兄さん程度じゃね。


「嬉しいですよ、ティベリオス兄さん。俺相手にそこまで本気になってくれて」


 くすりと相手を煽るように笑う。

 対する兄さんは、鋭い視線を向けて剣を構えた。


 オーラがあれば木剣でも人は殺せる。どさくさに紛れて俺を殺そうとしているのは明白だな。

 けど、兄さんの思惑どおりにはいかない。

 果たして彼は、俺の他の能力に関して何か知っているかな?


 練り上げたオーラと共に、左手にを集める。

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