第37話 苦手な兄

 兄の一人から手紙が届いた。


 それによると、近々王都近隣で用事があるらしい。ついでだから王都にいる弟たちの様子も見にくると。


 要するに、俺、カムレン、イラリオのことだな。


 しかし、わざわざ末っ子の俺に手紙を出すあたり、真の用事は俺にあると見て間違いない。


『んー? どうしたの、ルカ。微妙そうな顔をして』


 俺が手紙を見つめたままジッとその場に留まっていると、様子を眺めていたリリスが声をかけてくる。


「なんだ微妙な顔って」

『こーんな顔』


 リリスが変顔を作る。

 思わず笑いそうになったが、ギリギリ堪え、手紙をくしゃくしゃにした。


「そんな変な顔はしてない。けど、面倒なことにはなった」

『面倒なこと?』

「兄の一人が数日中に学院へ来るらしいんだ」

『まだ私たちが見てない兄弟?』

「リリスが見たことあると思うぞ。俺が本邸にいた頃、あいつもいたからな」

『うーん、誰だろう。私、人間の顔を覚えるの苦手だからなぁ……』


 宙に浮かびながらリリスは首を傾げる。

 あの様子なら確実に覚えていないな。

 まあいい。そんなことは重要ではなかった。


 俺は手紙をゴミ箱に放り投げると、ベッドに腰を下ろして思考を巡らせる。


「恐らく兄は俺目当てで学院に来る。いったい何を仕掛けてくるつもりか」

「? ルカ様とその兄君は、仲が悪いのですか?」


 話を聞いていたアスタロトが首を傾げた。


 そう言えば彼女は、途中から仲間になったばかりだ。サルバトーレ公爵家については何も知らない。


「基本的に仲が悪いな。特に男兄弟たちとは」


 サルバトーレ公爵家は実力主義だ。それでも男性が家督を継ぐ確率のほうが高い。

 それはひとえに、男性のほうが強力な才能を持って生まれるからだ。


 もちろん例外はある。今代だとノルン姉さんみたいな化け物も生まれている。


 けれど、やはりというかなんというか、主に男性側が当主の座に執着するのはどこも同じだ。

 それだけに、俺は嫌われている。目下、一番面倒なのは俺だからな。ノルン姉さんには勝てないとハッキリ分かっている。

 若く、成長途中の俺を狙うのは実に合理的だ。


 個人的には、狙われる分には面白そうなのでそこまで文句はない。問題は、陰湿な真似をされるとめんどくさいってところだ。


 これまでのように、暗殺者なんかを仕向けてくれるとボーナスタイムで超嬉しい。ムラマサのいい検証になる。


 特に今回俺の所に来る兄は、ノルン姉さんみたいな脳筋だ。正面からぶつかってこないかなぁ。


「家族同士でいがみ合うなど、人間はほとほと愚かですねぇ。ルカ様こそがこの地上でもっとも気高い生き物だというのに」

「醜いのもまた人間らしいだろ。当然、邪魔する奴は殺すけどな」


 俺の道は俺のためのもの。障害物は徹底的に取り除く所存だ。


「くすくすくす。命令さえいただければ、私がその者たちを呪ってきましょうか? 顔と名前さえ分かれば簡単です」

「いや、いい。どうせなら俺自身の手で倒したい。馬鹿な連中だが、実力と才能は本物だ。それを乗り越える喜びは、全部俺のものだ」


 でなきゃカムレンとイラリオを活かしておいた意味がないからな。


 あいつらも中途半端に成長して俺を楽しませてくれるだろう。イラリオのほうはあまり期待していないが、今後も呪詛関係で役に立つかもしれない。その時が来るのを待っている。


『兄弟を倒すことが目的なら、なんで嫌そうな顔してたの、ルカ』

「むっ」


 痛いところを突かれたな。俺はまたしても微妙な表情を作って言った。


「それは……これから来る予定の奴が、苦手なタイプなんだ」

『「苦手なタイプ?」』


 珍しくリリスとアスタロトが声を揃えて首を傾げる。

 俺はため息を吐きながら説明した。


「名前はティベリオス・サルバトーレ。俺やカムレン、イラリオより上の兄だ。あいつはなんていうか……ウザい」


 ただ単にカムレンみたいなウザさなら問題なかった。実力でぶちのめせばいい。

 しかし、ティベリオスのウザさはそれとは違った。太陽のように明るく、ナチュラルに暑苦しくて——ウザい。


 この手のタイプが一番苦手だ。


 人の話は聞かないし、自分の考えが全て正しいと疑わない。おまけに暴力や殺人に抵抗がなく、本邸にいた頃、命を狙われかけた。


 偶然にもノルン姉さんが通りかかり、ティベリオスを瀕死にまでボコってくれたおかげで何もなかったが、彼女がいなかったら大きな怪我くらいは負っていたはず。


 それだけめんどくさくて厄介な男が来る。


 昔と今では状況が違うが、あの無駄に明るい顔で話しかけられると思うと、今からげっそりする。


『うわぁ、本当に嫌そうな顔してる』

「そんなに嫌なら会わなくてもいいのでは? 何か言ってきたら殺しましょう」

「そうしたいのは山々だが、貴族にはいろいろとしがらみがあるんだよ。それに、どうせ無視しても俺を見つけてくる」


 それならさっさと話を終わらせてから無視をしたほうがいい。

 相手に付け入る隙を見せてはいけない。


 深く、大きなため息と共に、俺はベッドに転がった。

 膝枕してくるアスタロトに意識を預け、やがて眠りに落ちる。


 嫌な時ほど、寝たくない時ほど、眠くなるものだな……。











 三日後。

 俺にとって最悪な一日が幕を開ける。


 目の前に停車した馬車から、笑顔のよく似合う好青年が降りてきた。

 その顔をジト目で睨みながら、俺は挨拶する。


「……お久しぶりですね、ティベリオス兄さん」


 兄ティベリオスもまた、手を上げて挨拶してきた。


「よっ、ルカ。久しぶり! 相変わらずカッコいいなぁ、お前!」


 気さくに肩を組んでくるこの感じも苦手だ。

 その癖、一切の油断なく俺を観察している。


「今日は何のご用ですか」

「おいおい、つれないなぁ。兄貴が会いに来てやったっていうのに、もう本題か?」

「俺は会いたくなかったので」

「言うねぇ」


 俺に悪態を吐かれても平然と笑うティベリオス兄さん。その軽薄な顔が苦手で気持ち悪い。

 本心を隠すことにおいては、間違いなく一級だな。


 しかし、唐突にその目が鋭さを増した。

 俺の体を掴む腕に力が籠る。


「なに、久しぶりに俺がお前に稽古をつけてやろうと思ってな」

「……稽古?」


 まさかの提案に、俺は目を見開いた。


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