三章

第36話 兄からの手紙

 全身にオーラを巡らせて地面を蹴る。

 正面にいるのは、不敵な笑みを携えたコルネリア・ゼーハバルト。

 帝国の皇女だ。


 彼女と剣を交え、その体ごと後ろへ弾く。


「ッ! さすがにオーラの総量が多いね、ルカ」

「お前は前と変わらないな。しっかり鍛錬は積んでるのか?」

「もちろん。けど、普通にルカの真似ばかりしててもしょうがないからね。私には私のやり方が——ある!」


 そう言ってコルネリアは左手を前に突き出した。

 その掌から、赤い閃光が奔る。


 直後、俺の眼前に巨大な炎の塊が迫っていた。


 それがコルネリアの発動した火属性の魔法だと即座に気づく。さらにオーラの放出量を上げて、俺は彼女の魔法を斬り裂いた。


 肌を焼くほどの熱量が左右に分かれ、後ろの壁に当たって轟音を響かせる。

 わずかに負った火傷を祈祷で治しながら、俺はコルネリアに苦言を呈する。


「おい、コルネリア」

「ん? なに?」


 今から怒られるとは思っていないコルネリアが、無邪気に首を傾げる。

 俺は瞳を細め、説教を始めた。


「なんで強化魔法を使わないんだ。今のタイミングならそっちを使えばもっとダメージを稼げただろ」

「え? 強化魔法はまだまだ練習中だから、狙って発動させるのは難しいかな」

「それでもやるんだよ。何のための模擬戦だ。手を吹き飛ばしてでも使え」

「た、確かに……! 知らない間に、逃げ腰になっちゃってたよ~」


 俺の言いたいことが伝わったのか、コルネリアは非常に悲しそうに俯く。

 そして、瞳からハイライトが消えた。


「ごめんね、ルカ。真剣じゃなかった。死に物狂いじゃなかった。お詫びに腕を斬り落としていいよ。あとで治してもらうから」

「いらん。それより全力でこい。死ぬ気で、死なないように殺し合おう」

「ルカ……ふふっ。そう言うとは思ってた」


 気を取り直して、俺とコルネリアは刃を交えた。

 最終的に、俺の強化魔法を受けてコルネリアは吹き飛ぶ。壁に全身を打ち付け、しばらくの間気絶した。











「……ん、んん?」


 コルネリアが目を覚ます。

 真っ先に俺を見上げ、彼女は笑った。


「ルカ、凄かったね。痛かった。気持ちよかったよ」

「まずはおはよう、だろ。体調は平気か?」


 起き上がった彼女に訊ねる。

 コルネリアは力こぶを作って元気さをアピールする。


「平気だよ~。ルカが祈祷で治してくれたんでしょ? 元気もりもりです!」

「そうか。ならよかった。今日も相手をしてくれて助かったよ、コルネリア」

「ううん。ルカのためなら何でもするよ。それに、私のためでもあるし」


「でも、さすがにやりすぎ。訓練場がめちゃくちゃになってる」


 俺とコルネリアの模擬戦に文句を垂れたのは、最初から最後まで戦いを見守っていたシェイラ・カレラ。

 実は彼女も、最近ではよく俺たちとつるんでいる。


 いまだコルネリアと彼女の仲はよくないが、唯一、コルネリアも魔法に関してだけは彼女の才能を認めている。

 ルカのためになるなら——とは彼女の言葉だ。


「はぁ? ルカが壊したんだからむしろ感謝してほしいくらいなんだけど?」

「意味不明。また苦情が出る」

「苦情を出した奴を殺そう。それが一番」

「賛成。私も強化魔法を使うと苦情がくる。地味にウザい」

「落ち着けお前ら……」


 ストッパー役かと思っていたシェイラまでコルネリアの悪乗りに便乗し始める。

 俺はそれを止めて、話をすり変えた。


「そんなことより、二人には話しておきたいことがある」

「話?」

「なになに?」


 まだ何も言ってないのにコルネリアはニコニコ笑顔だ。

 どちらも喜ぶ内容だろうから、損はさせない。


「来月、帝都の西で行われる武術トーナメントは知ってるか?」

「武術……あぁ、知ってる知ってる。なんでもありのガチンコバトルでしょ?」

「武術とは名ばかりの、オーラ、魔法、祈祷、呪詛、なんでもありの大会ね」


 コルネリアもシェイラもよく知っている。なら話は早いな。


「そうそれ。面白そうだから参加する予定なんだ。優勝賞品が欲しくてな」

「ルカが? じゃあ私も参加する~」


 はいはい、とコルネリアが右手を上げて参加を表明する。

 彼女は予想どおりだ。残るは、魔法の天才シェイラ。

 俺がちらりと彼女へ視線を送ると、シェイラもまたこくりと頷いた。


「私も参加する。魔法が使えるなら面白そう」

「ふーん。じゃあ大会でようやくあなたをぶっ飛ばせるんだねぇ」

「訓練の時みたいにはいかない。徹底的にボコす」

「やれるもんならやってみな」


 バチバチバチ、とすでに目の前で火花を散らしている二人。

 その様子を見て、俺は満足げに言った。


「二人ともやる気があっていいな。せっかくの舞台だ、やれることは全てやろう。徹底的に壊して、俺たち——いや、俺が優勝する」


 グッと拳を握り締めた俺に、二人は笑みを向けた。


「私も負けないよー!」

「ん、勝つのは私」











 コルネリア、シェイラと別れて自室に戻る。

 さっさと夕食を食べて休みたいと思っていると、専属メイドから一枚の手紙を渡された。


 手紙の裏には、サルバトーレ公爵家の家紋が刻まれている。

 ルキウスからの手紙か?


 そう思った俺は、中身を確認して——うげぇ、と肩をすくめた。




「兄さんが……学院に来る、だと?」


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