幕 間 コルネリア・ゼーハバルトは嫉妬深い

「ねぇ、聞いた?」


 廊下を歩く女子生徒の一人が、友人と思われる別の女子生徒に訊ねる。

 彼女は首を傾げて答えた。


「何を?」

「つい最近起きた不審者の話よ」

「不審者……学院に忍び込んだ怪しい黒ずくめの集団のこと?」


 それは、本当に数日前の出来事だった。


 突如として、優秀な子供たちを育てるための教育機関、王立学院に賊が侵入した。

 幸いにも犠牲者はほとんど出なかったが、実戦経験の乏しい生徒たちにとっては、なかなかに忘れられない事件になった。

 今も壊れた校舎の一部が直っていない。あの時の傷跡が残ったままなのだ。


 しかし、翌日にも学院は授業を行った。生徒たちも怪我を負った者でさえ登校した。

 その理由は、先に挙げたとおり、犠牲者がほとんど出なかった点にある。


 なぜ手練れの侵入者たちに襲われても犠牲者が少なかったのか。理由を知る生徒が喜色の声で説明を始める。


「そうそれ。犯罪者を前にした私は体が固まってまともに動けなかったわ」

「私もよ。結局、先生に助けてもらったもの」

「うんうん。……でもね? 実はこの話には、大っぴらに語られていない噂があるのよ」


「噂?」


「学院に侵入した賊のリーダーを、ある生徒が倒したって噂がね」

「誰なの、それ。ありえなくない?」


 子供が大人に勝てるはずがない。話を聞いていた女子生徒の一人はそう思った。

 けれど、説明している側の女子生徒はにやりと笑って言う。


「ふふふ。忘れたの? この学院には、私たちの学友には、神童と謡われるほどの天才がいたことを」

「神童……って、まさか⁉」

「分かった? 答えは——ルカ・サルバトーレ公爵子息様よ」


 ルカ・サルバトーレ。

 その名前を知らない者はいない。少なくとも学院に在籍する生徒、教師で知らない者はいない。


 帝国広しと言えども、特に武勇に秀でた一族・サルバトーレ公爵家の末っ子。

 世界最速でオーラを発現させ、歴代最速で公爵家の試練を突破した本物の化け物。


 さらにルカは、オーラの使い手だけではなかった。他にも治癒に秀でた祈祷、火力に秀でた魔法の三つの力を扱う。


 最近では呪詛にも手を出しているが、それを知る生徒は少なかった。

 それでも、ルカがどれほど優れているのか、それを知らない者はいなかった。


「ルカ様が敵の頭を潰したっていうの? 本当に?」

「いくらルカ様でも信じられない気持ちはよく分かるわ。けど、多くの生徒がそう噂してる。しかも、噂の出所は教師らしいのよ」

「きょ、教師が言ったの? ルカ様が活躍したって」

「そこまでは知らないわ。でも、そのおかげで一気に信憑性が増した。今じゃ、信じてない人のほうが少ないくらいよ」

「へぇ……やっぱり、選ばれた天才は違うわね。震えながら守られる私とは、格からして——」


 ドンッ。

 途中、視線を横にやっていた女子生徒の一人が、正面で誰かとぶつかった。

 相手のほうが体幹がよかったのか、ぶつかった側の女子生徒が後ろに倒れた。


 尻餅を突きながら視線を上げて……直後、悲鳴を漏らす。


「ひっ」


 なんと彼女がぶつかったのは、ルカ・サルバトーレにも負けないほどの知名度を誇る——コルネリア・ゼーハバルトだった。


 彼女は瞳を細めて女子生徒を睨んだ。


「誰?」


 酷く冷たい声が聞こえ、倒れた女子生徒の体が震え出す。恐怖だ。圧倒的な恐怖が全身を巡っている。


「こ、ここ、コルネリア……皇女、殿下……わた、私……」


 震えて上手く喋れない。もう一人の女子生徒も、どうしたらいいのかパニックに陥っていた。


 そんなことなど知らず、コルネリアは一歩前に出た。尻餅を突いた女子生徒に顔をわずかに近づけ、呟く。


「あなたたち……今、ルカの話をしてた?」

「ッ!」


 その声を聞くだけで意識を手放しそうになる。


 彼女が他の生徒たちに恐れられているのは、普段の行いゆえ。

 手放しで称賛されるルカと違い、彼女は非常に凶暴で距離を取ろうとする生徒が大半だ。


 すでに入学してから数ヶ月が経った今、いったい何人の生徒が病院へ送られたことか。

 中には、彼女に痛めつけられすぎてトラウマを抱えた生徒もいるらしい。


 特にコルネリアは、ルカに対する暴言などを一切許さなかった。

 ルカに嫉妬した者が、地獄を見たという話はあまりにも有名。

 それでいて彼女は皇族だ。誰も逆らうことができない。

 例え複数人で戦おうと、コルネリアは容易く敵を薙ぎ払った。


 まさに恐怖の象徴。そんな女性が、目の前にいる。

 泣いて漏らしそうになった。意識を手放せればどれだけ楽か。

 徐々に震えが大きくなる中、構わずコルネリアは続ける。


「ルカの話はあまりしないほうがいいよ。嫌でしょ? 痛い目に遭うのは」

「は、ひっ……はい」

「いい子いい子。ルカの名前を口に出していいのは、選ばれた私だけ。あんまり気安く呼ぶと——殺すよ?」

「————」


 ああ、もうダメだ。女子生徒は意識を手放す。

 その際、コルネリアの背後から男性の声が聞こえた。聞き覚えのある、どこか呆れたような声が。











「おい、何してんだ、コルネリア」


 訓練場へ行く途中、コルネリアが知らない生徒に絡んでいた。

 どうせいつものように牙を剥いているんだろう。そんなことに使う時間はないと彼女に声をかける。


 するとコルネリアは、満面の笑みを浮かべて俺のほうへ走ってきた。

 わずかに見えた女子生徒の顔は、悲しいことに白目を剥いていた。


 また脅したな……。


「ごめんごめん、ルカ。なんか蠅がうるさくて」

「蠅ってお前なぁ……無暗に敵を作って襲われても知らんぞ」

「えー? 私のこと守ってくれないの?」

「ピンチだったら助けてやるよ。けど、お前なら自分で切り抜けられるだろ」

「まあね~。ふふっ」


 何がそんなに嬉しいのか、コルネリアは俺の腕を抱き締めて隣に並ぶ。

 若干歩きにくかったが、彼女の胸の感触を楽しむくらいの余裕はある。


 二人、このあとのことを話しながら訓練場を目指した。




 後日、数名の女子生徒が、俺を怯えた目で見ていたが……コルネリアの奴、いったい何を言ったんだ?


 彼女に聞いても、「何のこと?」ってしらを切られる。絶対に忘れていた。


———————————

今回はルシアとコルネリアの話でしたー!

まともなヒロインはいないよ!?

次話からは本編、三章が始まります。なにやら、兄弟の話もあるようです!

今後とも応援のほどよろしくお願いします!

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