幕 間 ルシア・モルガンのその後

 ルシア・モルガン。

 帝国建国に尽力した三人の英雄が一人、魔法の天才モルガン公爵家の令嬢。

 そんな彼女は、十二歳の時に自らの運命を捻じ曲げる相手と出会う。


 相手の名前はルカ・サルバトーレ。

 モルガン公爵家と同じく、建国に尽力した三人の英雄が一人、オーラの天才サルバトーレ公爵家の末っ子だった。


 ルシアはルカの名前を知っていた。その名は、モルガン公爵家にも轟くほど有名だったのだ。

 しかし、当時八歳のルカ・サルバトーレを、ルシアは圧倒的な力で捻じ伏せようとした。

 自分のほうが上だと証明したかった。


 それはひとえに、モルガン公爵家の性質に由来する。


 彼女たちエルフは、生まれた頃から高い魔力適性を持つ。魔法は広範囲を一度に攻撃するのに適した能力だ。

 その殲滅力の高さは、他の追随を許さないほど。


 だからこそ、エルフたちは自分たちこそが完成された存在——人間であると普段から思っている。

 その傲慢さをルシアも持ち合わせ、単なる人ごときが神童と謡われていることに、密かに腹を立てていた。


 元々才能至上主義のサルバトーレとモルガンは相性が悪く、時折喧嘩のような真似を繰り広げてきた。

 当時の代は、それがルカとルシアだっただけのこと。


 偶然にも通りかかったコルネリアに挑発される形で始まった二人の戦いだったが、その結果は——なんと、四歳も下のルカが勝利を収めた。圧倒的な勝利を。


 打ちのめされ、自宅に帰ったルシアは、母親の叱責もあり完全に自分の殻に閉じこもってしまう。




「どうして……どうして私が、年下のサルバトーレに……」


 薄暗い部屋の片隅で、彼女は虚ろな瞳を窓へ向ける。

 決闘騒ぎからもう数日は経っている。しかし、彼女が負った傷はいまだに癒えていなかった。

 頻繁に夢に見るほどルカを恐れている。


「何が足りなかったの? 何がダメだったの? 何が劣っていたの? 分からない……分からない……あいつは、異質だった」


 何度も彼女はルカに負けた原因を探ろうとした。その度に、答えが分からず苦しむ。


 自分の魔法なら圧勝できる自信があった。それなのに、ルカは魔法を喰らったうえで反撃してきた。

 正直、あのシーンを彼女は夢で見る。悪夢の正体はそれだった。


「このまま鍛錬を続けていけば勝てるの? ルカに? 四歳も年上で、四年の差があっても負けたのに?」


 一向にルカに勝てるビジョンが浮かばなかった。何度繰り返しても負ける気しかしない。

 こんな思いは初めてだ。これまで常勝が当たり前だったのに。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


 負けたくない。なんとしてでも勝ちたい。そんな気持ちばかりが胸中にあふれて、ルシアは頭がおかしくなりそうだった。


 そこへ、ふいに扉がノックされる。

 ルシアは小さな音にもかかわらず、母親が来たのかと身構えた。

 けれど、聞こえてきたのは優しいメイドの声だった。


「お嬢様? 体調のほうは大丈夫でしょうか。本日も朝から閉じこもって……」

「へ、平気、よ。大丈夫。私は、強い。勝てる。何か……何か方法が、あるはず、なの」


 部屋を訪れたのがメイドでよかった。その安堵がルシアの精神を元に戻す。おかしな方向へ、という意味で。


 扉越しに彼女の返事を訊いたメイドは、やはりいつもの発作が起きている、と即座に理解した。


「そうですね。ルシア様なら、あのサルバトーレ公爵家にも勝てます。とりあえず、部屋に入ってもよろしいでしょうか? 勝利のためにも、しっかり夕食は食べてください」

「……え、ええ。分かった、わ。入って」

「失礼します」


 ルシアからの許可をもらい、メイドの女性が入室する。

 部屋に明かりを灯すと、びくりとルシアは肩を震わせる。あの日から明るい所が苦手になった。パーティーの景色を思い出し、ついでにルカとのやり取りが脳裏を過るため。


「こちらが本日の夕食になります。何かございましたら、いつでもお呼びくださいね」


 それだけ言ってメイドの女性は部屋から出ていった。

 いつまでも部屋に居座り続けると、ルシアの精神衛生上悪いと考えて。


 実際、メイドがいなくなると、ルシアは明らかにホッとしていた。

 その場から立ち上がり、よろよろとメイドがテーブル置いた食事のほうへ向かう。

 その最中、ふいに彼女の足に何かがぶつかった。


「?」


 視線を落とすと、その先には、自分が散らかした本が置いてある。

 ありふれた魔法書だ。魔法の何たるかが書いてある。


 だが、そんなものを見たところでルカには勝てない。そう思って彼女が投げた一冊ではある。

 それを、誘われるように拾い、強く握り締める。


「こんなもので強くなれるなら、私は負けてなんかいない……」


 もう一度、今度は壁にでも叩き付けてやろうかと思った——その時。

 ふと、彼女は思い出す。


 そういえばこの本には、昔、興味をそそられることが書いてあった。

 本当に思い出せたのは偶然だが、今の状況には適している。

 それは、




「……封印指定魔法」




 使うこと自体が禁じられている、おぞましき魔法のことだった。

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