第85話 仮面だらけ

 偶然にも、クーデターを企む者の一人を見つけた。


 男は獅子の顔に二メートル近い体躯を誇る獣人だ。


 ライオンは獣人の中でも最強と呼ばれるほど強靭な力を持っている。


 自分こそが亜人の頂点と信じて疑わない馬鹿だ。そんな思想をぶら下げているから、悪い奴に唆される。


「ルカ? どうしたの、ずっと横を向いて」


「いや……ちょっと面白い奴を見つけた」


「面白い奴?」


 コルネリアは首を傾げる。


「クーデターの主犯格だよ。あのボロ布を纏った長身の男が見えるか?」


 指を差さず、特徴だけ伝える。


 コルネリアはさっと視線を俺と同じほうへ向けた。気づかれないようごくごく自然に。


「……いるね。気配を殺してるけど分かる。凄く強いよ、あいつ」


「ああ。ライオンの獣人はこのゾラ連邦でも最強格だろうな。オーラも使えるし、今のコルネリアでも相手するのはキツい」


「むぅ。そう言われるとちょっと悔しいな。殴りかかってもいい?」


「いいわけないだろ」


 せっかく見つけたクーデターの主犯格に何をする気だ。こんな所で問題を起こしたら、俺たちの滞在まで危ぶまれる。というか、普通に暴行罪だ。


「俺は今からあいつを追う。コルネリアたちはどうする?」


「私はルカと一緒に行くよ」


 まずコルネリアが即答した。


 次いでルシアとシェイラが首を横に振る。


「私とシェイラはパスね。オーラが使えない私たちがルカたちについて行っても足を引っ張るだけだわ。気配を消すって感覚もよく分からないし」


「ですね」


「分かった。じゃあコルネリア、気取られないように注意してくれ」


「はーい」


 元気よくコルネリアが答えた途端、ライオン獣人がぷいっと踵を返した。もう用はないのか、すたすた明後日の方角へ歩いていく。


 それを見て俺とコルネリアも歩き出した。ライオン獣人の速度に合わせて、決して近づかず、かといって離れすぎないように。




▼△▼




 白亜の塔からどんどん遠ざかっていくライオン獣人。


 俺たちは途中、露店で仮面を購入した。


「仮面? なんで仮面が売ってるの?」


 様々な亜人をモチーフにした仮面だ。魚人の仮面を受け取ったコルネリアが困惑する。


「お祭りなんかに使われるものだな。区画によって祭りを担当する亜人が異なるからその配慮だろ。近日中に選挙みたいなものも行われるしな」


 タイミングがよかった。これを付けて歩けば、最悪ライオン獣人に見つかっても素顔を隠せる。


 俺も購入した豚獣人の仮面を付ける。豚は可愛いから選んだが、ちょっと間抜けっぽく見えないか? これ。


「あはは、ルカが豚さんだ~」


「お前も顔が魚だぞ」


 お互いに変な仮面を購入したものだ。


 しかし、これで身バレするリスクは最低限まで下げられた。さらにライオン獣人のあとを追いかける。


 周りの人たちに合わせて隠れるようにライオン獣人を追いかけているため、相手にはバレた感じはない。


 だが、いきなりライオン獣人は路地裏のほうへ入っていく。これはさすがに追いかけたらバレるな。


「あ、ライオンさんが人のいないほうへ行っちゃったよ」


「上から行くぞ、コルネリア」


「了解」


 ライオン獣人の姿が視界から消えた瞬間、オーラを脚にまとわせて跳躍。周りの人たちにバレないほどの速度で壁を蹴ると、静かに建物の屋上に着地した。


「ライオンは……と」


 見つけた。薄暗い路地裏の道を真っ直ぐ歩いている。


「どこに向かってるのかな?」


「仲間の所か、ただ近道を使ってるだけか。どちらにせよ、何か一つでも情報を得られればラッキーだな」


 ライオン獣人を見下ろしながら屋上を歩く。


 少しして、ぱっとライオンの姿が消えた。角を曲がったと思ったら、面白いくらい綺麗に姿を消した。


「は? なんだ今の」


 一瞬、呪詛に似た力を感じた。


 ちらりと視線を正面に向ける。俺たちの前に、外套を纏った怪しい黒づくめが一人。


「……お前か、呪詛でライオン獣人を隠したのは」


「怪しい連中が彼を追いかけているように見えてね。邪魔させてもらったよ」


「呪詛を得意とする獣人は少ない。お前、何者だ?」


 フードの内側から覗くのは、怪しいピエロみたいな仮面。街で売ってるものじゃないな。わざわざ顔を隠してるってことは、獣人以外の亜人か、ひょっとするとさらに上の——。


「悪いけど何も話せることはないよ。自分の話は苦手なんだ」


「そうか。安心しろ。腕の一本でも失えば嫌でも話したくなる」


 鞘から剣を抜いた。コルネリアも武器を抜く。


「やれやれ。野蛮だね。もしかして獣人かい? 警備の人間が彼に気づかれることなく尾行できるとは思えないけど」


 もう返事は返さない。軽やかな足取りで後ろへ下がろうとする黒づくめに、俺は屋根を蹴って肉薄した。


「ッ! 速い」


 軽薄な声が消え、真面目なものに変わった。


 慌てて男は剣を抜いて俺の一撃を防いだ。


「ほう。俺の攻撃を防ぐのか」


 なかなかやるな。


 だが、続いて繰り出した蹴りまでは防げなかった。腹部に命中し、


「ぐえぇっ」


 潰れたカエルみたいな声を出して吹っ飛んだ。


 そのあとを二人で追いかける。

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