第86話 第三の?

 謎の黒ずくめの男を蹴り飛ばした。男は地面を一度跳ねながら遥か後方へ飛んでいく。それをコルネリアと共に追いかけた。


「いたたた……! 君、酷いことをするねぇ。今の攻撃、ずいぶんオーラが込められていたよ?」


「骨を折るつもりで蹴ったんだがな」


 意外とタフな奴だ。適当なオーラ使いならまともに動くことも喋ることもできなくなっていたはず。それだけの力を込めたにもかかわらず、男は苦しそうに悶えながらも会話を続けた。まだ動けるらしい。


「そう簡単にはやられないさ。オーラが使えるのは君だけじゃない」


 黒ずくめの男もオーラを見せる。質はそこまででもなかった。先ほどの攻撃を最小限のダメージで抑えられたのは、オーラではなく勘か。つまり、勘が鋭いってことになる。


「お前、獣人だな」


「ッ!」


 俺の言葉に黒ずくめの男がわずかな動揺を見せた。


 ビンゴか?


 俺を騙すためにわざとそれらしいフリをしている可能性はある。相手の顔が見えない以上、あらゆることに疑ってかかるべきだ。


 しかし、仮にあいつが獣人だとして、苦手のはずの呪詛をどう使ったのか。アスタロトは気づいたか? ちらりと背後に浮かぶアスタロトを見る。


「どうやら懐に強力な呪いの道具を隠しているようですね」


 あっさりとアスタロトが答える。


「なるほど。まあそうなるよな」


 自分が使えない力を補うための道具だ。誰だってそういう使い道をする。


 けど、そこまでしてでもあのライオン獣人を逃がしたかったのか? 最初から分かっていたことだが、クーデタ―を起こす側か。


 気になるのは黒ずくめの男が原作には登場しなかった点。少なくとも主人公目線でそんな怪しい奴は出てこなかった。ますます黒ずくめの素顔が見たいな。


「どうするー、ルカ。そこまで手練れでもないし、さっさと殺しちゃう?」


「いつも言ってるが、なるべく相手は生かして捕らえるべきだ。こういう場合は何よりも情報が貴重になる」


「そう言うと思った」


 くすりとコルネリアが笑う。


「でも手加減って苦手なんだよねぇ」


「死ななきゃ問題ない。手足を斬り飛ばしても俺とお前なら祈祷が使える」


「あはっ。なら好きに暴れちゃうよ?」


「足を引っ張るなよ」


「了解」


 答えてコルネリアは屋根を蹴った。オーラを纏う黒ずくめの男に迫る。


 黒ずくめの男は、俺はおろかコルネリアの速度にすらついていけてない。このまま慎重に追い込んでいけば問題なく捕まえることはできるだろう。


 だが、一度あることは二度ある。二度あることは三度ある。そうやって嫌なことは往々にして何度も繰り返されるものだ。


「ん?」


 黒ずくめの男の体を刻むコルネリアだったが、そこへ黒い煙幕が落とされた。煙幕の勢いは凄まじい。地面に煙の塊が落ちたと思った瞬間、呪詛の反応を感知し、周囲が一瞬にして薄暗闇に閉ざされた。


 また何かしらの道具か。黒ずくめの男じゃない。いきなり上空から煙が落とされた。おそらく——他にも仲間がいる。


「気をつけろ、コルネリア。相手は一人じゃない」


「はあい。けど最悪だね。全力で逃げられちゃった」


 コルネリアが煙の中で肩をすくめる。俺は彼女に近づき、その肩にぽんと手を置いた。


 すでに周囲には人の気配がしない。恐ろしく巧妙な道具を使って気配ごと消し、その隙に逃げた。何度も通用する代物ではないが、こういう初見の時には便利だな。あいにくと油断していた。


「ごめんね、ルカ」


「コルネリアのせいじゃないさ。俺も油断はしてた。が、問題ない。相手がクーデター側の者だと分かっただけでも収穫だ。それに、元からあまり邪魔する気はなかったからな」

 俺がライオン獣人を追いかけていたのも、連中のアジトがどこにあるのか事前に把握しておきたかったからだ。原作だとクーデターが発生し街中で獣人たちと戦う。相手のアジトまでは発覚しなかった。先にその情報を掴んでおけば、クーデターを鎮圧するのも楽になったんだがな。

「それならよかった」

 コルネリアがもう気にした様子もなくにかっと笑う。

 彼女の頭を撫でながら、俺はきょろきょろと周囲を見渡し、コルネリアと共にルシアたちの下へ戻る。

 さあて、今回の妨害を受けて連中はどう動くかな? 少し、波紋を呼んだかもしれない。


▼△▼


「ふぃ~、助かりましたよ隊長。一人だったら確実に捕まってました」


 ルカたちのそばから逃げおおせた黒ずくめの男は、同じ服装の、同じ仮面を付けたもう一人の男にへらへらと軽薄そうな声で感謝を告げる。


「お前をそこまで追いつめるとは相当な手練れだな」


「ええ。ライオン獣人くらいの戦闘センスとオーラ量を持ってましたね」


 もう一人の低い男の声にこくりと首を縦に振った。


「だが、ライオン獣人は我々の味方。他の勢力が首を突っ込んできたのか? いや……憶測にすぎないな」


「どうします? 計画を変更しますか?」


「いや、それはない。手練れが数名増えたくらいで我々のクーデターは止まらない。王の首さえとればいいのだからな」


 ククク、と低い声で男は笑う。


 見据える未来は、まもなく来ると確信していた。




——————————

【あとがき】

新作の『爵家の落ちこぼれに転生した俺は、元世界ランキング1位の最強プレイヤー』

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