第87話 ウサ耳

「あ、おかえり、ルカ」


 黒づくめの男たちに逃げられた俺とコルネリアは、しばらく周囲の索敵を続けたあと、ルシアたちが待つ場所へ戻った。


「ただいま」


「何か収穫はあったの?」


「まあな。捕まえて尋問したい奴がいたんだが、見事に逃げられた」


「え? る、ルカから逃げたの? コルネリアもいたのに?」


「ご覧の通りな」


 俺はわざとらしく両手を上げて降参のポーズを作る。


 魔法道具を使った不意打ちではあるが、実に手馴れていた。あれは調子に乗って舐めてかかると痛い目に遭うタイプの敵だな。きっとクーデターが始まればまたあいまえることもあるはずだ。その時を楽しみにしておこう。


「ふうん……ルカとコルネリアから逃げおおせるなんて凄いじゃない。今回のクーデター、一筋縄じゃいかないかもね」


 にまっと楽しそうに笑うルシアに、俺は不敵な表情で返した。


「むしろ望むところさ」


 敵は強ければ強いだけいい。強すぎると戦いにすらならないが、あの程度ならもっと強くてもいいくらいだ。


「ほんと、ルカってこういう時楽しそうよね。羨ましい限りだわ」


「ルシアも楽しんでおけよ。これまでにない実戦経験を得られるぞ」


 帝都にいる間はなかなか対人戦闘は積めない。それも、本気の殺し合いはな。


 しかし、ゾラ連邦でクーデターが起きれば話は違う。相手は明確に罪を犯した逆賊。バンバン殺しても誰にも迷惑はかからないし、誰にも咎められない。まさに殺したい放題だ。


 さすがに帝都で手当たり次第に人を斬り殺すわけにはいかないからな。クーデターでたっぷり経験を積まないと。


「はいはい。もちろん私も頑張るわよ。あなたに置いて行かれないようにね」


「私も、犯罪者たちに魔法を撃ち込むのが楽しみ。いい実験になると思う」


「だな」


 シェイラの士気も珍しく高かった。


 彼女もまた、俺と同じで実戦の機会を探していたのだ。


 俺たちの中では一番大人しく穏やかな性格の持ち主だが、それでも魔法にかける情熱は本物だ。いつまでも的を相手にしていてはまともな検証などできない。彼女はそれをよく分かっていた。


「それじゃあ行くぞ。ひとまず用事は済んだ。適当に観光をして宿に戻る」


「やったー! 観光観光~」


 俺の提案に真っ先にコルネリアが喜ぶ。彼女は観光したがっていたしな。


「何か美味しい食べ物はあるかしら? 私、たまには肉が食べたいわ」


「果物とか探してみたいですね」


 ルシアが肉を。シェイラが果物を要求する。


 コルネリアは聞かなくても分かる。どうせ肉——というか、全てだろう。目に映る全てに手を出して興味の赴くままに。それがコルネリア・ゼーハバルトという女だ。


 俺の予想通り、注文を出す二人にコルネリアも合わせる。


「私はとにかく見て回りたいなぁ。いいでしょ? ルカ」


「時間はある。好きにしろ」


 どうせ止めたところで勝手に行くだろうしな。それならリードくらい握っておいたほうが安全だ。


 コルネリアは目を離すとすーぐ人を斬ろうとする。猛獣かっての。


 内心でため息をつきながら全員で移動する。


 三人の注文を次々捌いていった。


 ……え? 俺? 俺はシェイラと一緒に本屋に言ったな。とても楽しかった。


 ちなみにこの場合、同じ魔法使いでもルシアはあまり本屋に興味がない。本自体には興味があっても、使うのが好きなのであって習得過程にはあまり興味がない。ゆえに、論文系の本はまったく読まない。


 そしてコルネリアは……ルシアと同じタイプかつ、ルシアより酷い。本屋の中にすら入らなかったくらいだ。


「ぶー、つまんなーい……」


 などと言いながら暢気に空を仰いでいた。




 しばらく観光を楽しんだのち、俺たちは宿への帰路に就く。


 ゾラ連邦は非常に広大な土地を有する。帝国に比べればあれだが、それでも周辺国家で帝国以外と比べたら倍に近い領土を誇る。


 その理由は亜人連合というところにある。


 かつてはそれぞれの種族が縄張りを主張し生活していたが、それをとある人物がまとめ上げ、一つの国を作った。ゆえに、集まった種族全ての保有する土地が国土となったのだ。そりゃあ広いよねっていう。


 普通、国土が広いと外敵から狙われやすくなるものだが、亜人たちは卓越した力で他国からの抑圧に耐えた。武力を行使し、これまでに幾度となく進軍してきた敵国の兵士を撃退してきたのだ。


 それを聞くとなおさら楽しみになる。これからの戦いが。


 徐々に見えてきた宿を眺める。その途中、いきなり真横から何者かが俺の前を突っ切った。


 咄嗟に体を引いて躱したが、そうでなきゃぶつかっていたな。相手のほうも驚き、「きゃっ!」という可愛らしい女性の声が漏れた。


 外套を羽織る不審者は、俺の横で尻餅をついて倒れる。


 わずかにフードがめくれ、彼女の素顔が露わになった。俺は、その顔に見覚えがある。


「うん? あんたは……」


 俺の記憶が確かなら、彼女はクーデターで命を落とす悲劇の獣人。特徴的な白いウサギの耳が頭についている。




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【あとがき】

新作の『爵家の落ちこぼれに転生した俺は、元世界ランキング1位の最強プレイヤー』

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