第52話 姉が来た

 ドラゴンの討伐から数日が経過した。俺はその間、ほとんど休憩と自主練に時間を費やし、回復してからはシェイラたちとの激しい模擬戦を繰り返した。


 そこにルシアが加わったことで、激しさは増す一方。コルネリアも用事を終わらせて戻ってきたため、訓練に一層身が引き締まる。


 ……はずだった。




「あれぇ? もう終わりかな? 魔法の天才は根性ないね」


 俺の眼前で死闘を繰り広げた二人の女性が、相反する形で見つめ合っていた。


 片や涼やかな表情で見下すコルネリア。


 片やボロボロになりながら四つん這いになるルシア。彼女の顔には悔しそうな感情がありありと現れていた。


「ッ。あと一歩前に出れていれば、私の攻撃が当たってましたけどね」


「一発くらい受けても平気だよー。私、あなたと違ってオーラが使えるもん」


「いらっ」


 今日はずっとあんな調子でコルネリアとルシアが煽り合っていた。シェイラとルシアも相性が悪い。単純に仲良くなるための時間がないだけだが、やたら喧嘩している。それも俺が原因で。


 何かにつけて俺の名前を出し殴り合う彼女たちを見ていると、女って生き物がいかに恐ろしいかが分かる。


 コルネリアもルシアも、俺の前だから殺し合いこそしないが、途中まで殺意ばりばりで攻撃を当てているからな。訓練ってこう、もっと違う感じだろ?


 ちらほら私怨が見えているのは俺の気のせいか。


「コルネリア殿下はさすがに強い」


「だな。今のところ俺に次いで強いのはコルネリアか」


 今日一日の戦績を出してみたところ、勝率百パーセントの俺に次いでコルネリアが他を圧倒していた。というか俺以外には負けていない。


 そのコルネリアには勝てないが、後輩のシェイラには勝率百パーセントのルシア。さすがにシェイラは実戦の経験が乏しい。どちらかというと彼女は学者タイプだからな。


 実戦を好むルシアとは違う。


「私も頑張ってルシア様を越えないと……」


「まだ負けるつもりはないわ」


「おかえり、ルシア」


 コルネリアとの言い争いが終わったのか、どこか疲労の残る顔付きで彼女が戻ってきた。当然のように俺の隣に座る。直後にコルネリアに蹴飛ばされた。


「ちょっと! なにすんのよ!」


「ごめーん。ルカの隣は私の指定席なんだ。邪魔だから退かすね」


「もう蹴ってんのよ! 皇女だからってなんでも許されるとでも?」


「そうだよぉ。ルカ以外の命令は聞きません。私に命令できるのはルカだけだよ」


「じゃあお前も離れろ。暑苦しい」


「あぁん。嫌♡」


 俺の命令も聞かねぇのか。


 平然と隣を陣取るコルネリア。その様子にルシアは頬をぴくぴく動かしていた。額には青筋が浮かんでいる。


 やれやれ。仲良くできないのかこいつらは。一応、同じ技術を学ぶ仲間なのにな。まあいいかと俺は別のことを考える。


「それよりルカぁ。私はどうだった? 強くなった?」


「ん? そうだな。コルネリアはいつでも強い。教え甲斐があるよ」


「私は⁉」


「ルシアは……まだ教えたばかりだからなんとも言えないな。封印指定魔法を使わないのはいい判断だ」


「あれはルカに乱用しないほうがいいって言われたから」


「その通りだ。便利な力に頼りきると腕が鈍る。緊急時の奥の手くらいに考えておけ。お前は才能あるんだしな」


「ッ。……ありがとう」


「私も頑張る。二人には負けない」


 グッと拳を握り締めてシェイラが最後にそうまとめた。そうだな、と俺も頷く。


「シェイラは元々研究面で活躍していたし、無理しない範囲で頑張れ。コロシアムの開催まであと少しだが、その間にもできることをな」


 彼女みたいなタイプは秘策を考えて初見殺しをしたほうがいい。コルネリアや俺、ルシアと違ってずっと鍛錬を行っていたわけじゃないからな。


 大事なのは必要なところで勝つことだ。逆に負けなきゃなんでもいい。


「うん、頑張る。……でも、ルカ様はまた強くなった。ドラゴンの心臓を食べたから?」


「そうだな」


 俺は数日前にドラゴンの心臓を食べた。そのせいでしばらくまともに動けなくなったが、身体能力やオーラ、魔力といったエネルギーを蓄える器官のようなものがまとめて強化された。


 これならそろそろ邪魔な奴を狩るのに充分だ。これまでは便利な道具だったから活かしておいたが、何かチャンスさえあれば、ノルン姉さん以外の兄姉たちに手を出してもいい気がする。


 カムレンとイラリオはパス。あいつらは弱すぎて殺したところでメリットがない。目につくようなら排除するが、二人とも俺を恐れて話しかけてすらこない。邪魔にならないなら問題ないし、狙うならそれより上だな。


 ティベリオス兄さんがまた殺しに来てくれれば遠慮なく殺すんだが、どうせ今頃は修行中だ。それ終わってから返り討ちにしよう。


 内心でそう結論を出す。そのタイミングで、誰かが訓練場にやってきた。


 見知った顔の女性だ。俺と同じ黒い髪をなびかせて、美しい顔立ちに笑みが刻まれる。


 彼女を見た瞬間、俺は思わず目を見開いた。名前を呼ぶ。




「の、ノルン姉さん?」




「久しぶりですね、ルカ。あなたに会いに来ましたよ」


 なぜか俺の前にノルン姉さんがいた。




———————————

【あとがき】

諸事情にて投稿し直した新作、『元ランキング一位の異世界モブ転生』

よかったら見てください。

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