第51話 女心は難しい

「…………」


 ぶすー、と目の前で左右の頬を膨らませる美少女が立っていた。


 彼女の名前はシェイラ・カレラ。

 当たり前だが俺の知り合いだ。つい先ほどまで、一緒に鉱山へドラゴン退治しに出掛けた仲である。


 そんな彼女が、口以上に自らの不満を顔で語っていた。それはもう凄い圧だ。


 俺はしばし困惑しながらも訊ねてみる。


「どうしたんだ、そんな顔して。可愛い顔が台無しだ」

「私は怒っています」

「敬語を使うくらいにはな」

「重要なのはそこじゃない。ここはどこ?」

「どこって……王都だな」


 何を当たり前のことを。この見慣れた景色は王都以外のなにものでもない。


「その『何を当たり前のことを』って顔をやめて」

「よく分かったな」

「ルカ様は表情に出る。特に呆れた時は顕著」

「マジか」


 自分の中では結構ポーカーフェイスになっていたと思ってんだが、どうやら思い違いらしい。


 残念、と肩をすくめる。


「それで、どうしてそんなに怒ってるんだ」

「分からないの?」

「全然」

「ハァ……これだからルカ様は」


「おお、ずいぶん言ってくれるじゃん。ハッキリ言いたまえ、シェイラくん」


「くん?」

「シェイラの敬語を真似してみた」

「敬語ではない」

「細かいね」


 別にどっちだっていいだろ。俺は彼女がなんで怒っているのか知りたいだけだ。

 せっかく、ルシアと一緒にドラゴンを討伐して帰ってきたというのに。


 ちゃんと心臓も持ち帰ったぞ。竜の心臓は食べた者に力を与える便利なアイテムだ。ぶっちゃけこれが欲しかったと言っても過言じゃない。


「私は、ルカ様と一緒に鉱山へ行った」

「行ったな。無事で何よりだ」

「一目散に逃げた。けど、問題はそこじゃない」

「というと?」


「ルカ様と帰ってきたルシア様について、私は聞きたいことがある!」


 ずずいっと顔を近付けてくるシェイラ。


 ルシアのことが聞きたい? 特に話すことはないんだが……ひょっとして、あの封印指定魔法のことか?


「封印指定魔法ならまだルシアから聞いてない。あいつ、帰りの馬車で寝落ちしやがったからな」

「じゃなくて、ルシア様とどうやって仲良くなったの? 凄く険悪そうに見えたのに」

「あぁ、そっちか」


 意外だな。シェイラがルシアのことを気にするなんて。

 お互いに天才と呼ばれる魔法使い。いろいろ意識するのかもしれない。


 俺はふむ、と顎に手を当てながらどう説明したものか少しばかり悩んだ。けれど、下手なことは言えない。事実を素直に告げる。


「俺がルシアを助けて一緒に地下深くから脱出したあと、あいつの目の前でドラゴンを倒した。それと、今後はあいつも俺たちの訓練に混ざる。モルガン公爵家の人間だからな、家の力を使って毎日のように学院に来るはずだ」


「ッ」


 そんな馬鹿な、という表情を作ったシェイラ。不思議と悔しそうに見えるのはなぜだろう。


 ルシアを育てるのはシェイラにもメリットがある。あいつとは情報の交換を約束した。ルシアが強くなればなるほど、比例してシェイラに教えられる技術が増える。


 封印指定魔法もその一つだ。当然、俺はシェイラにも教える。


 が、それを分かっているはずのシェイラの表情はわずかに暗い。

 焦ったように口を開いた。


「状況は理解した。でも、納得しかねる。私は、鉱山で何もできなかった。鉱石を見つけることもできなかったし、ルカ様はルシア様とイチャイチャして帰ってくるし……踏んだり蹴ったり」


「イチャイチャしてない」


 誤解を招くようなことを言うな。

 俺はあくまで対等な条件で契約を結んだだけだ。


 ルシアがいまだに俺のことをどういう風に思っているのか分かっていない。内心では嫌ってる可能性もある。


「というか、また鉱山には行くからその時にでも鉱石を採ってくればいいだろ」

「え? どういうこと」

「そのまんまだよ。ドラゴンの死体なんて運べなかったからな。明日にでも鉱山に戻る。他の魔物に食べられてなきゃ、いろいろ使える素材だろ」


 個人的には心臓以外の部位には興味がない。適当に売って研究資金にでもする予定だ。


「そ、そう……そっか。えへへ」

「?」


 急にシェイラの奴が笑顔になった。小さく笑ってすらいる。


 彼女の心境の変化が汲み取れず、俺は首を傾げるが、その理由をシェイラが話してくれることはなかった。

 そこからは普通に夜の街を歩いて帰る。


「——あ、そうだ。先に言っておくが、そろそろコロシアムが始まるから準備しておけよ。雑魚にやられたら説教が三時間はあると思え」

「無駄な心配。私がルカ様以外に負けるとでも?」


「いや、コルネリアには勝てないだろ」


「むっ! コロシアムでは勝つ。私は実戦に強い」

「いつもの訓練も実戦みたいなもんだけどな」


 けど、シェイラの言うことも一利ある。


 練習と何かが懸かってる本番? では、モチベーションの高さと使える手札が変わるのもまた真理。


 実際に二人が戦い、どちらが勝つのか……俺は少しだけ興味があった。

 ついでに、もう一人の魔法の天才——ルシアも誘っておくか。別にエントリーにはまだ余裕があったはずだし。


 紺色に染まった空の下、街路を歩く俺たちの足取りは軽かった。


 やることが多くて忙しいな。

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