幕 間 ルシア・モルガンのその後②

「……ルカ、サルバトーレ」


 薄暗い部屋の中、窓辺から差し込む月光を浴びながら、一人の少女が空を見上げていた。

 彼女の名前はルシア・モルガン。

 英雄の一人、モルガン公爵家の末席に座る天才少女。


 彼女は数年前、皇族主催のパーティーにて恥をかかされた。

 相手は同じく英雄の一人、武を極めたサルバトーレ公爵家のルカ。


 ルカは天才だった。その時まで自分こそが最高の天才であると信じて疑わなかった彼女は、ルカにあっさりと負けた。

 以来、ルシアはひたすらルカに勝つための努力を続けてきたが……全ては無駄だったのだと悟る。


 それは、つい先日のこと。

 目を瞑れば今でも鮮明に思い出せる。

 久しぶりに再会を果たしたルカは、ルシアをもってして生意気なガキだった。

 自分を負かした時と何ら変わらぬ自信に満ちた表情。それが、ルシアの癪に障った。


 気付けばルカに勝負を挑み、本来の目的であるドラゴンの討伐も無視して魔法を撃ち込んだ。


 結果、ルシアは負けた。


 ルカとの勝負自体は、途中でドラゴンが介入したため無効になったが、どちらがより強いかは明白だ。

 せっかく覚えた封印指定魔法も通用せず、心が折れかけた。

 最後に、せめてドラゴンを倒してルカに恥をかかせてやる——そんな邪な考えが脳裏を過ったが、それも失敗に終わる。


 ドラゴンはルシアの想像を超えるほどの強さだった。

 自慢の魔法が通用せず、ルカが直前に自分を助け出さなければどうなっていたか……考えるだけでも背筋が震える。


「温かかった」


 自らの掌を見下ろす。

 思い出すのはルカに抱き上げられた時の記憶。

 彼女はたしかにあの時、窮地だったにもかかわらず呆然とした。

 久しぶりに感じる人の温もりが、あそこまで鮮明に記憶に焼き付くとは思ってもみなかった。


 何より、その後だ。

 ルシアはドラゴンが開けた穴に落ちたが、ルカに救われた。

 ルカがいなかったら、オーラが使えないルシアは確実に重症ないし死んでいた。

 命の恩人とも言えるルカに、しかしルシアは生意気な態度を取ってしまう。


 自分を辱めた敵。決して仲良くなれる相手じゃない。

 その思いが先行し、ルカを認めようとはしなかった。


 ……けれど、意外なことに歩み寄ったのはルカのほうからだった。

 ルカはルシアに手を差し伸べ、驚くべきことを言った。




『ルシア、お前を守ってやる。俺がお前のためにドラゴンを殺してやる。強くなるための方法も教えてやる。だから、俺と来い。俺にはお前が必要だ』




 と。


 ……厳密には少しだけ違った気がするな、とルシアは思ったが、おそらくささいな違いだろうと深くは考えない。

 そしてルカの台詞を思い出す度に顔が真っ赤になった。


「しょ、しょうがないわね。うん。しょうがない。ルカがあそこまで私を求めてくれるなら、私だって答えないわけにはいかないわ! まだまだ強くなりたいし、それにはルカに教えてもらうのが一番の近道よ!」


 ルカはルシアの知らない魔法を習得していた。


 魔法の名前は複合魔法。

 音からして複数の魔法を組み合わせる魔法だろう。

 目の前で見せてくれた強力な爆風に、地面を凍らせるほどの冷気。

 それらをルカに教えてもらえば、自分はまだまだ強くなれる。

 そのためなら、いがみ合っているモルガンとサルバトーレも手を組めるはずだ。


 そう勝手に解釈し、ルシアは笑みを刻んだ。


「ふふ。ふふふ。ルカ……あなたが私を守ってくれるなら、私もあなたを守ってあげる。ええ。生意気な口を聞く奴がいたら殺してあげるわ。面倒な敵は排除してあげる。甘い甘い檻に閉じ込めて、自分だけの——ハッ⁉ わ、私は何を……」


 ぶつぶつと独り言を呟いていたルシアは、自分にしては珍しい発言をしていたことに驚く。

 首をぶんぶん左右に振って、先ほどの言葉を訂正する。


「ダメね。全然ダメ。私だってルカに守ってもらわなくちゃ! それに……むしろルカに束縛されるほうが……」


 ぽっ。

 頬を赤く染めた彼女は、再び夜空を見上げる。

 空の色は、ルカの髪色によく似ていた。


 今日からルシアは、夜が好きになれそうだった。






「お嬢様? 失礼してもよろしいでしょうか」


 コンコン、とふいに扉がノックされる。

 聞こえてきた声は、専属メイドのものだった。


「何かしら」

「失礼します」


 ガチャリと返事が返ってきたことで扉を開けるメイドの女性。

 彼女は、楽しそうに笑みを浮かべたルシアを見て同じように笑った。


「ルシア様、昨日から機嫌がいいですね。鉱山に出かけたと聞きましたが、何かいいことでもありましたか?」

「ええ。自分を見つめ直すいい機会になったわ」

「鉱山で?」

「鉱山で」


 それ以上はルシアは語らなかった。

 一応、自分以外の人間がサルバトーレ公爵家と手を組むと聞けば、確実に反発が起こるのは分かりきっている。

 ゆえに、ルシアの気持ちはルシアとルカだけのものだ。


 それが、よけいにルシアの心を幸せに満たす。


「それより、何か用?」

「あ、そうでした。当主様がお呼びです。ダイニングルームにお越しください」

「分かったわ。すぐに行くと伝えて」

「畏まりました」


 メイドは扉を閉める。

 廊下から差し込む明かりが消えると、ルシアは三度夜空を見る。


 もう、彼女に不満も不安もない。






———————————

【あとがき】

タイミングがいいので今回は幕間です。

個人的には作者はルシアが結構好きです!

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