第50話 ドラゴンスレイヤー

 ドラゴンは凄まじい生命力を持つ生き物だ。

 あの巨体が翼を使って空を駆るなど、装甲車と飛行機が合体しているようなもの。

 さらに高火力のブレスを吐き、知能もある。

 まさに完成された生き物。


 強さという点においては、人間すら超える化け物である。

 だが、最終的に勝つのは人間だ。

 姉ノルンがそうであったように、人間の力はドラゴンすら超える。


 あくまで竜に負けるのは、凡人や秀才たち。

 本物は負けない。それを今から俺が証明してやる。


 オーラをまとい、剣を片手にドラゴンの下へ迫る。

 翼ごと焼き焦がされた竜は、体をなんとか起こして迎撃するが、俺の速度に追いつけなかった。


「ハハハ! どうした、ドラゴン! 動きが鈍いぞ!」


 俺の剣は次々にドラゴンの皮膚を斬り裂く。

 なまじ図体が大きいからコントロールする必要がない。ただ剣を振れば当たる。

 さらにドラゴンは、空中戦こそを得意とする。

 空の上ならさすがの俺もお手上げだ。


 しかし、今、ドラゴンは俺の目の前にいる。翼を焼かれ、地面に倒れている。

 その状態では、オーラを操る俺を捕まえることはできない。

 縦横無尽に飛び跳ね駆け回る俺が、圧倒的な有利を描いていた。


「グルアアアア!」


 辛抱たまらずブレスを吐くが、挙動が分かりやすいので回避も楽だ。

 大きく開いた口の中に、複合魔法をぶち込む。


 顔が爆発した。

 手足は凍り、地面に縫い付けられる。


 俺の剣が腕を飛ばし、翼を落とし、眼球を抉って全身を傷付ける。

 もはや勝敗は明らかだ。それでも俺は手を止めない。

 簡単にはドラゴンを殺さなかった。


 理由は単純だ。

 ドラゴンほどの相手を見つけるのは難しい。今のうちにやりたいことは全部やっておく。


 言わばドラゴンは、俺専用のサンドバッグである。

 複合魔法を全力でポンポンぶち込めるから最高に楽しい!


 悲鳴を上げ、苦痛に喘ぎ、怒りに狂うドラゴン。

 その様子を見てもなお、俺は手を緩めることはない。

 竜の頭の上に着地し、一度踏みつけてから吐き捨てた。


「相手が悪かったな」


 喧嘩を売りに行ったのは俺だったが、最後に喧嘩を売ったのはドラゴンだった。

 この結果は必然のもの。諦めて受け入れてほしい。


 相手が可哀想? 虐め?


 関係ないね。

 これは互いに命を懸けた戦いだ。

 それを了承し、他者の命を害そうとしたのだから……何をされても文句は言えない。


 だから痛めつける。傷付ける。簡単には殺さない。

 俺は俺のために、たとえ残虐だと言われようとも剣を振る。


 最後にはドラゴンの首を落とし、あっさり決着はついた。

 ……いや、違うな。

 ドラゴンが思ったより耐えたから、俺のオーラと魔力がかなり枯渇しかかっている。


 祈祷も使っていたし、地味にいい勝負だった。

 今の俺なら、ノルン姉さんの足元くらいには届くかな?

 そう思いながら、倒れたドラゴンの下から離れる。


 遠くで戦いを見守っていたルシアが、両手を祈るように合わせて俺を見つめる。


 片手を上げた。にかっと笑う。


「待たせたな、ルシア。終わったぞ」


 その言葉を聞き届けた瞬間、俺は疲れて膝を曲げる。その場に座り込んだ。

 駆け寄るルシア。彼女の表情は——今までで一番優しく見える。











「なん……だと⁉」


 とある情報が、サルバトーレ公爵家に広がる。


 それは数日前のこと。

 サルバトーレ公爵家の末席、ルカ・サルバトーレがドラゴンを討伐したという話が届いた。


 それを聞いた数名の兄姉たちが、一様に驚きの表情を浮かべる。


「馬鹿な! あいつはまだ十五歳だぞ⁉」

「ノルン姉さんと同じ年にドラゴンを討伐したの⁉」

「ありえない……そんな馬鹿な!」


 一人を除いて誰もが届いた情報を信じられなかった。


 唯一、表情を一切変えることなく佇むのは、ルカ・サルバトーレと同じく十五歳でドラゴンを討伐したノルン・サルバトーレ。

 サルバトーレ公爵家最強と言われる長女だけだった。


 彼女はどこか誇らしげに笑う。


「さすがはルカ……わたくしよりも立派ですね」


 ノルンはよく知っている。

 自分とルカのドラゴンスレイヤーは同じではないことを。


 かつてノルンが討伐したドラゴンは、ルカが倒したものより小さかった。

 それだけじゃない。ノルンは動けなくなるほどの重傷を負ってギリギリ倒したが、報告によるとルカは、目立った傷がなかったらしい。

 翌日からも鍛錬に精を出しているとルカの傍にいるメイドたちから報告が上がっていた。


 要するに、やはりルカという存在がサルバトーレ公爵家で一番の天才だという証明。

 それを信じられない、認めたくない他の弟妹たちは阿鼻叫喚。

 新たな、決して超えられない壁を前に、いっそう頭を悩ませることになった。


 それを横目に、ノルンは考える。




「そろそろルカに会いたいわ……何か、そう。面白い話でもあれば……」


 ぶつぶつと呟きながら、ふとあることを思い出す。

 ルカに堂々と会いに行けるイベントを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る