第82話 幸先が悪い

 馬車は移動を続け、やがてゾラ連邦の首都ズウに到着する。


「おー! あれがゾラ連邦の首都!」


 馬車が動いているというのに平然と扉を開けて半身を外へ出すコルネリア。楽しそうな声がよーく聞こえる。


「落ちたら痛いぞ、コルネリア」


 怪我はしないだろうが痛みはオーラでは防げない。


「平気平気。私が落ちるより先に馬車のドアが壊れると思うから」


「それは平気なの?」


 ルシアが訝しむようにツッコむが、コルネリアは依然「平気平気~」と笑っていた。


 まあいいか。コルネリアは腕を斬られても痛みを感じていないような奴だ。馬車から落ちてもカラカラ笑ってそう。ただ、馬車を壊すな。風が入ってきて本が読みにくくなる。


 俺が「さっさと扉を閉めろ、コルネリア」と言うと、彼女は「ラジャー」と答えて素直に従う。


 正面に座るシェイラがホッと胸を撫で下ろしていた。彼女もまた俺と同じ理由だった。


「ねね、ルカ」


「なんだ」


「街に入ったらどうするの?」


「まずは宿だな。予約なんてできるわけもないし、適当に高級宿を探そう」


「人間じゃ泊まれない場所とかあったりする?」


「さあな。俺もそこまでゾラ連邦には詳しくない。どうだ、シェイラ」


「うーん……私もゾラ連邦へ行くのは今回が初めてですし何とも言えませんが……可能性は高いでしょうね」


「そうなのか?」


 そこまでゾラ連邦の連中が野蛮だとは知らなかった。


「亜人の中には、今もなお昔の話を引きずって人間を強く敵視する種族が多くいますからね。そもそも人間を奴隷にしている時点で民度はお察しです」


「なるほどね」


 パタン、と読んでいた本を閉じる。


 俺たちが住む帝国でも奴隷制度はある。誰だって金がなければ孤児や奴隷になるしかないのだ。


 しかし、ゾラ連邦みたいに特定の種族を狙って奴隷にしているわけじゃない。むしろエルフとドワーフ、この二つの亜人にはそこそこの待遇を約束されている。

 エルフもドワーフも貴重な存在だからだ。


 けれど聞く限りゾラ連邦にそんな慈悲はなかった。人間なら誰もがアウトなレベルで民度が低い。

 となると、シェイラの言う通り首都に入っても宿に困るハメになるかもしれない。


「最悪野宿か? 普通に嫌なんだが」


「宿屋の主人を殺しちゃえばよくない? どうせゾラ連邦なんて弱小国家、帝国に逆らえるはずもないんだし」


「クーデターを起こすという意味でも悪くはないが、クーデター以外で雑事に手を取られるのは面倒だな」


 コルネリアの意見を採用してしまっては争いが絶えない。

 俺はクーデターを引っかき回すためにわざわざ遠出してゾラ連邦に来たんだ。それ以外の雑魚に襲撃されるとか鬱陶しいにも程がある。


「私はたくさん斬れるなら全然いいけどねぇ」


「ならお前だけ別の宿に泊まれ」


「除け者は嫌ぁ!」


「いいじゃない。皇女様がモテモテで私も嬉しいわ」


「ルシアだけ別の宿にしよっ」


「なんでよ!」


 ぎゃあぎゃあと急にうるさくなる二人。

 俺は彼女たちを無視してシェイラに言った。


「とりあえず宿を探して、泊まれる場所がないならちょっと脅すか」


「いいんですか? そんなことをしたら厄介事に巻き込まれるかもしれませんよ」


「野宿するより遥かにマシだ。それに、人間だからと部屋を用意してくれない奴らが悪い。別にコルネリアみたいに殺そうってわけでもないしな」


 ちょっと痛い目に遭えば返事も変わるだろう。それなら殴ったほうが得だ。


「まあ、私も野宿は嫌ですが……」


「だいたい、ゾラ連邦には人間嫌いしかいないのか?」


「そういうわけでもないですよ。六割方は嫌悪。三割は恐怖。残り一割が温厚といったところでしょうか」


「恐怖……ね」


「人間の数は圧倒的に多いですからね。争い敗北した過去を知っている者たちは人間を自然と恐れます。特に私たちみたいな能力を持った人間を」


「生き物としては正しいな」


「はい」


 だが、時間を取られるこちらとしては面倒なことこの上ない。

 できるならさっさと宿が見つかることを祈ろう。金ならいくらでも出せるわけだし。


 そうこう考えていると、大きな正門が見えてきた。正門の前にはたくさんの馬車が停まっている。


 あれは時間がかかるだろうな……。




▼△▼




 俺の予想通り、正門前の列に並んだ俺たちは、検問の兵士たちの前に移動するまでかなりの時間がかかった。


 外はすでに夕方。オレンジ色の日差しが実に美しい。


「次、お前らか」


 ようやく俺たちの番が回ってきた。御者の男性がまずは身分を示す物を犬獣人に見せる。すると、


「ふんっ。人間がこんな遠くへ何の用だ? お前らみたいな連中を街に通せば俺らが怒られるんだよなぁ」


 とか急に言い出した。実に不穏な空気だ。


「いいからさっさと身分証を確認してくれ」


 嫌な予感がしながらも俺たちは馬車を降りて身分証をそれぞれ見せる。


 直後、犬獣人の顔が憤怒に染まった。


「テメェ……人間が俺に舐めた口を利きやがったな⁉」


 ハァ。せっかく偽の身分証を用意したのに、サルバトーレ公爵家の名前を出さなくても険悪な展開になってしまった。




———————————

【あとがき】

新作投稿しました。こちらの更新も続けます!

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