第83話 金が全て?

 激昂した犬獣人が槍を構える。


 切っ先が俺のほうを向いていた。


「ここでお前らを殺しても、俺は罰せられないんだぜ」


「本気でやる気か? 周りの迷惑も考えたらどうだ」


 いくら人間が憎いとはいえ、俺の後ろにも街へ入りたいと願う者たちはいる。


 こんな所でドンパチやり合ったら彼らが街に入るのにどれだけ時間がかかることか。


 そんなことも分からないほど獣人は頭が弱いのか……。


 やれやれ、と俺は肩をすくめる。


 その隣からコルネリアが前に出た。


「いいね! 私もちょうど退屈してたんだ~。ルカを馬鹿にしたその舌は、引っこ抜かないとダメだよねぇ」


「おい、殺すなよ。ここで問題を起こしたら街に入るまで余計な時間を取られる」


「えー? でも先に喧嘩を吹っかけてきたのは向こうだよ?」


「それでも、だ。周りの目がある」


「ぶ~。残念」


 腰にぶら下げていた鞘に手をかけたコルネリアは、心底残念そうにため息を吐いた。


 しかし、相手側の犬獣人は怒りが治まらないのか、槍の切っ先をコルネリアの体に放つ。


 その一撃をコルネリアが素手で掴み防いだ。


「……ねぇ? どうしてルカの言うことを聞いてくれないの? 私たちは争う意思なんてなかったのにさぁ」


「お、俺の一撃を止めただと⁉」


 犬獣人はコルネリアの圧倒的な腕力と握力にビビった。


 それでも構えを解かないあたり、相当なキレ具合だな。今後もこれに悩まされると思ったら、ゾラ連邦に来たことが間違ってるようで嫌になる。


「今回は特別に見逃してあげるからさ、早く通してくれない? あなたもこの槍と同じようにはなりたくないでしょ?」


 そう言ってコルネリアは、オーラを右手に集中させて槍の切っ先を砕いた。


 パラパラと彼女の手元から細かい鉄の欠片が落ちる。


「なぁっ⁉ す、素手で俺の槍を壊すなんて……ば、化け物か⁉」


「失礼しちゃうね。私はこんなにも可憐なのに」


「ゴリラが服を着てるようなものね」


「ルシア~?」


「冗談よ」


「いいから馬車に戻るぞ。お前も身分証は見ただろ? 通してくれ」


「ッ!」


 俺の言葉に顔を真っ赤にする犬獣人の兵士。


 だが、これ以上の騒ぎはさすがにまずいと考えたのか、周りの視線を見て口をつぐんだ。


 渋々、槍を下げて呟く。


「……通れ」


 その言葉を聞いて御者の男性が馬を歩かせる。俺たちはするりと兵士たとの横を通りすぎて町中へと入った。


 最後まで、犬獣人は鋭い視線を俺たちに向けていた。




▼△▼




 馬車が正門を抜けて通りの一角まで移動する。


 そこから先は徒歩だ。俺たちを乗せた馬車は一度帝国へと戻る。次にこの街に来るのは二週間後だ。その時にはクーデターも起こっているだろう。


 御者の男性が再び馬車を動かしてどこかへと消えた。乗り合い所にでも向かったのだろう。そこでしか馬車は置いておけない。


 見送り終わりと、先ほどまでの騒ぎなどなかったようにコルネリアが大きな声を出す。


「おー! 意外と賑やかだね!」


「多くの亜人たちが作った国だからな。総人口だけでも帝国に迫る勢いだ。発展具合も悪くない」


「まずはどこにいく? 何する?」


「落ち着けコルネリア。俺たちの目的は観光じゃないぞ」


「えー⁉ でもどうせクーデターが起きるまで暇なんでしょ? 遊んじゃダメなの?」


「遊ぶのは別にいいぞ。だが、今日はダメだ」


「というと?」


 今度はルシアが俺に訊ねる。


「今日は宿を探さなくちゃな。時間がかかりそうだ」


 正門での騒動を考えるとな。


 今は全員が持参したローブで顔を隠しているが、そうでなきゃどんな目で見られることか。


「ああ、確かに宿は重要ね。私、半端な場所は嫌だし」


「同意見だな。だからこそさっさといい宿を探すぞ」


「はーい」


 コルネリアも納得し、全員で街中を歩く。


 フードの集団は珍しいのか、それだけでも注目を集めるが、人間だとバレてはいない。バレていたらもっと憎しみの籠った視線が飛ばされていただろう。


 しばらく窮屈な思いをしながらも最初の宿を見つけた。


 大通りの途中にある宿だ。ここなら立地も悪くない。


 中に入って受付で話をする。


「いらっしゃいませ。四名様でしょうか」


「ああ。二週間四人分の部屋を」


「私はルカと一緒でいいよ」


「私も」


「あ、えっと……」


 シェイラ以外がふざけた提案をする。もちろん却下だ。


「ダメに決まってるだろ。めんどくさい。店主、部屋四つだ。空いてるか?」


「は、はい。ですが部屋を取る前に素顔を確認させてください。犯罪者の場合は相応の対応をしなくてはいけませんので」


「チッ」


 まあそうなるか。


 俺たちは嫌々ながらもフードを外す。直後、店主の猫獣人の顔が険しくなった。


「人間……」


 明らかにこちらを嫌う空気が漂う。ここはダメか、と俺が思った瞬間。


 店主はテーブルに置いてあったペンを取る。


「では……お名前を」


「?」


 あれ? 普通に問題ないっぽいぞ。


 人間でも二週間分の金を落とす客だからギリギリ許容範囲ってところか?


 もしかすると裏があるかもしれないが、今は何も言うまい。


「俺は——」

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