第67話 皇女、キレる

 トーナメント戦が始まった。


 俺の初戦の相手はただの筋肉馬鹿。

 ちょっとオーラを使えば楽勝だった。


 まさか名門サルバトーレ公爵家の人間が——とコロシアム内はどよめいている。


 しかしそれもわずかな時間の間。


 続けて戦う参加者が呼ばれると、再びコロシアム内の空気がひりつく。




「リア! 前へ」


「あ、私だ」


 俺に次いでリング上に呼ばれたのは、偽名を使ったコルネリア。


 彼女はさすがに皇族だから名前を変えさせた。


 それでも隠すことのできない高貴なオーラが……いや無いな。


 コルネリアは尻尾を振る大型犬だ。


 美しい髪を左右に揺らして俺に言った。


「見ててね、ルカ。私頑張っちゃうから!」


「ほどほどにしておけよ。殺してもいいとはいえ、人死にが出るとトーナメント戦の進行が遅れるかもしれないからな」


「はあい」


 本当に分かっているのか怪しいが、返事を返してコルネリアが中央のリングに上がる。


 面白いことに、彼女の相手もまた女性だった。


 長い木製の槍を構えている。


「珍しいな。見たとこ近接タイプっぽいが……果たして、コルネリアの相手になるかな?」




▼△▼




 ルカが見守る中、コルネリア・ゼーハバルトはリングに上がった。


 対面の階段からも同じく参加者の女性がリングに姿を見せる。


 奇遇なことに女性同士の戦いだ。にわかに会場が沸く。


「どうもリアさん。私リンって言うの。似た名前同士仲良くしてね」


「仲良く……?」


 笑みを浮かべて歩み寄るリンに、コルネリアは首を斜めに傾けた。


 何を言ってるのか分からない、と彼女の表情には書いてある。


「数少ない女性の参加者だもの。それに、得物も近接武器。あなた、オーラが使えるんでしょ?」


「そうだよ。あなたも?」


「ええ。これでも同い年の男たちにも勝ってきたんだから!」


 勇ましく言ってリンが槍の先をコルネリアに向ける。


 しかし、それを見てもコルネリアが木剣を構えることはなかった。


 どこか不気味にすら見える笑みを携えたまま棒立ちを続ける。


「……ちょっと、ねぇ!」


「ん?」


「早く武器を構えなさいよ。無防備な相手を攻撃するのは好きじゃないの」


「どうして構える必要があるの? 別にこの状態でも平気だよ」


「ッ。ずいぶん自信があるのね。彼氏の前だからって調子に乗ってるの?」


「か、彼氏⁉」


 そこで初めてコルネリアの顔に動揺が走った。


 顔が真っ赤である。


「もしかして違った? その反応」


「か、彼氏というか……未来の旦那様というか……」


「はぁ? あなた頭おかしいんじゃない」


 正論だ。けどコルネリアはリンの言葉にムッとする。


「どういう意味? 今、私を馬鹿にしたの?」


「————」


 直後、リンの背筋が震えた。


 コルネリアの発した殺気に本能が恐怖を抱いたのだ。


「べ、別に馬鹿にしたわけじゃないわ。ただ、羨ましいだけよ」


「羨ましい?」


「あなたの未来の旦那さん、凄くカッコいいもの。おまけにサルバトーレ公爵家の人間。将来は約束されたようなものね」


「えへへ。自慢の旦那様だよ」


「でも、サルバトーレ公爵家の人間は強さにしか興味がないって聞くわ。それって、あなたに勝ったら私にもチャンスがあるってことよね?」


「あー……そっか。そっかそっか」


 リンの言葉にコルネリアの笑みが消えた。


 わずかに声のトーンが低くなる。


「ルカのために手加減しようと思ったのがダメだったのかな? たまにいるんだよねぇ……ルカに近付こうとする


 じろりとコルネリアの眼差しがリンの眉間を貫く。


 今度は全身が震えた。


 咄嗟に腰を落とし、オーラをまとって地面を蹴った。


 ——コイツはヤバい! すぐにでも勝負を決めないと負ける!


 そう思ったリンの行動は正解だ。

 コルネリアが準備を終える前に奇襲するのは合理的。


 だが相手が悪かった。


 一瞬にして距離を詰めたリンが、槍の切っ先をコルネリアの胸元に放つ。


 強烈な一撃が決まる。

 誰もがリンの勝利を確信し……けれど戦いは決まらなかった。


 鈍い音を立てて、リンの槍が止まる。


 切っ先は確実にコルネリアの胸元を捉えていた。


 しかしダメージはない。


 絹の服に阻まれ、コルネリアのオーラに阻まれ、かすり傷すらつけられなかった。


 平然と立っているコルネリアの姿を見て、攻撃モーションのまま彼女は硬直する。


「な、んで……」


「オーラで防御しただけ。あなたが弱すぎて、私の防御力を貫通できなかった」


 シンプルな説明だ。シンプルな答えだ。


 ゆえに、リンは絶望する。


 コルネリアの言葉が本当なら、リンはどれだけ頑張ってもコルネリアにダメージは与えられない。


 オーラの総量が、根本的に異なっていた。


「つまんないから、さっさと終わらせるね」


 コルネリアがリンの槍を掴む。


 素手でリンの槍が砕かれた。

 オーラにものを言わせた圧倒的なパワー。


 砕け散った木片を見て、リンは咄嗟に後ろへ跳んだ。


 目の前にはコルネリアがいる。


 彼女が跳んだあとで追いついたのだ。


 逃げられない。


 それが分かった瞬間、コルネリアの拳がリンの顔面を捉えた。


 勝負あり。

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