第68話 恐怖

 コルネリアの初戦が終わった。


 相手の女性……名前は憶えていない——はピクピクと体を痙攣させながら白目を剥いていた。


 男性ながらに哀れに思う。醜態を多くの人間に晒した。


 片や彼女の顔面を普通にぶん殴って帰ってきたコルネリアは……。


「ただいま~! ルカー!」


 俺の体に、体当たりするように抱きついてきた。


 むにむにと柔らかい二つの塊が俺の腕にこれでもかと押しつけられる。


「おかえり、コルネリア。どうだった? 初戦の感想は」


「うーん……弱すぎてよく分かんない。シェイラ以下だったよ、アイツ」


「そこで私を引き合いに出さないでください」


 ムッとした表情でシェイラがコルネリアを睨む。


 彼女はくすりと笑って素直に謝罪した。


「別に他意はないよ~。ごめんって。ただ……こんなレベルの低いトーナメント戦に意味があるのかな? さっさと私たちだけで戦ったほうが早い気がする」


「言えてるわね」


 同意を示したのはルシア・モルガンだった。


 お嬢様然とした態度で声を上げる。


「私たちより優れた使い手がいるとは思えないわ。時間の無駄よ」


「おーおー、まだ戦ってもないのに一丁前の口きくねぇ」


「これまでの戦いを見た感想よ」


「ま、気持ちは分かるけどな」


 俺もレベルの低さにガッカリした。


 最初からトーナメント戦の優勝賞品が狙いで参加したが、少しは楽しめると思っていた。


 だが、蓋を開けてみれば参加者の大半はオーラもまともに使えない連中ばかり。


 これじゃただの弱い者いじめだ。


 雑魚をいたぶる趣味はないっていうのになぁ。


 ふぅ、とため息を吐きながら次の対戦者たちを見る。


 すると、司会の紹介を聞いていなかったため俺は驚いた。

 目がわずかに開かれる。


「ん? アイツは……」


 俺の視界の先、コロシアムの中央リングに上がったのは、見覚えのある髪の青年。


 原作だとキャラクリの初期として設定された外見の男だ。


 この世界の主人公——エイデン。


「なんでこんな所に……」


「誰? ルカの知り合い?」


 俺の視線を追った先で同じ人物を見たコルネリアが、頭上に《?》を浮かべて首を傾げた。


 俺は苦笑するしかない。


「誰って、同じクラスのエイデンだよ。ほら、前に俺にボコられた奴」


「……ごめん、弱い奴には興味ないから覚えてないや」


「さいで」


 さすがコルネリア・ゼーハバルト。


 有象無象は記憶にないと言い切った。


 一応、君って彼のヒロインのはずなんだけどね。


 まあいいかと俺は思考を区切り、新たに言葉を繋ぐ。


「それよりまさかアイツも参加してたとはな。少しは成長したか? 主人公」


 じろりとエイデンの顔を見つめる。


 いい機会だ。アイツがどれくらい強くなったか確認してやる。


 俺が見つめる中、エイデンの試合が始まった。




 エイデンはオーラを使う。放出量はあくまで少量だ。


 俺と戦った時と同じくらい。

 さすがに成長していないわけがない。おそらく手加減している。


 対する敵の剣士は、これまた同じくオーラを使った。


 エイデンの力量を測るにはちょうどいい相手だな。


 しかし、他の能力も使えるエイデンの敵ではない。


 呪詛によるデバフをかけられ、オーラで弾くこともできず……時間を使って対戦相手はエイデンに押しきられた。


 最後には強烈な一撃を食らい、リングの外に叩き出される。


 あっけない終わりだった。


「チッ。もう少し粘れよな……」


 思わず舌打ちしてしまったが、アイツの試合はまだまだ続く。


 精々、どれだけ手の内を隠せるか見物だな。


 俺は内心でクククとほくそ笑む。




▼△▼




 ルカにジッと観察されているとも知らずに初戦を勝利で飾ったエイデンは、しかし達成感など抱いていなかった。


 むしろ彼の顔は青い。


「な、なんでルカ・サルバトーレやコルネリア殿下がこんな所に……!」


 彼は席に戻った瞬間、ガクガクと足を震わせた。


 これは本能的な恐怖である。


 まさか宿敵と言えるルカ・サルバトーレがトーナメント戦に参加してくるとは思ってもいなかった。


 前にルカに助けられて以降、エイデンは一瞬の絶望を味わった。


 タイマンで負けた時以上に差を見せつけられ、あの時は心が折れかかった。


 けれど主人公ゆえの逞しさでなんとか立ち直った彼は、猛特訓の末に実力を試す場としてトーナメント戦を選んだ。


 結果がこれだ。


 このままではあの化け物といずれ当たってしまう。

 今の自分にルカに勝てるほどの力量があるのか……不安が拭えなかった。


「だ、大丈夫……大丈夫、だ。俺は頑張って訓練した。血の滲むような思いをしてきた。全ては、あの男に勝つために……!」


 徐々に震えは全身を蝕むが、どうにか抑えて拳を握り締める。


 さっと視線を上げて反対側の席、遠くに座るルカを睨んだ。


 すると、なぜかルカのほうもエイデンを見ている。


 お互いの視線が交錯し合い、エイデンは咄嗟に視線を逸らしてしまった。


 心の中に生まれたモヤモヤっとした感情は、今後も拭えることはない。

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