第65話 トーナメント戦当日

 ノルン姉さんとオーク狩りをしてから一週間以上もの時間が流れた。


 とうとう今日はトーナメント戦が始まる日。石造りの立派なコロシアムの周りには、屈強な戦士たちが集まっていた。


「ふうん……結構人がいるのね」


 周りをきょろきょろと見渡してそう言ったのは、俺にボコられて改心? したルシアだ。


 こういう場所には疎いのか、田舎者みたいに視線があっちへいったりこっちへいったり忙しない。


「少なくとも成人以下の部でもそこそこいるぞ。最後に勝つのは俺だが、お前らも頑張れよ」


「ムカつく~。絶対にその生意気な顔に魔法をお見舞いしてやるわ」


「俺の前に立てればな」


「ルカの相手は私だもんね」


 がばっと俺の腕を掴むコルネリア。豊かな胸がこれでもかと俺の腕に押しつけられていた。


「私も負けない。ルカ様に挑む」


 最後にシェイラもグッと拳を握り締めてそう宣言した。


 悪くないな。全員の士気が高い。これなら俺以外の奴に負ける心配はないだろう。


「まあ、トーナメント戦だからな。一回戦から俺と当たる可能性もあるぞ」


「げっ! それは嫌ね……負けたらそこで終わりじゃない」


「勝つんじゃないのかルシア」


「もちろん勝つ気で行くわよ。ただ、負けた時のことも考えないと」


「甘いな」


「え?」


 ルシアの言葉に苦言を呈する。


「俺は負けた時のことなんて考えてない。最初から全て勝つつもりだ」


「ぐぬぬぬ! 悔しいけどカッコいい……」


 顔を赤く染めてルシアはぷるぷると手を震わせていた。


 悔しいならお前も俺に勝つ気で臨めよ? 俺に勝てる可能性が一番高いのは、今のところコルネリアくらいだが。


 しばらくそんな雑談を交えて話し合っていると、トーナメント戦に参加する受付の番が回ってくる——前に、やたらガタイのいいおっさん二人に絡まれた。




「おいガキぃ! ここはトーナメント戦が行われる場所だぞ! 女と乳繰り合いたいなら他所でやれぇ!」


「物見遊山で参加すると怪我するぜぇ。ここで俺らみたいな奴らに狩られるとかなぁ!」


「……テンプレすぎるだろ」


 感動するほどのテンプレ展開がきた。二人はチンピラよりは強そうだが所詮はその程度。俺どころかシェイラにすら勝てないだろう。


「あはは、ちょうどいいねルカ。この雑魚共を刺身にしてあげるよ」


「待て落ち着け」


 一歩前に出たコルネリアの肩を掴む。


 彼女は腰に下げた鞘から剣を抜こうとしていた。彼女の私物だから真剣だ。


「それを振り回したらトーナメント戦どころの騒ぎじゃなくなる。冷静に対処しろ」


「ぶー! 冷静って殴り倒せってことぉ? 私、斬るほうが好きなんだけどなぁ」


「文句を言うな。お前のためでもあるんだぞ」


「……確かに雑魚でも殺したらトーナメント戦が無くなっちゃうか。しょうがないね」


「あぁん⁉ 今俺らをボコボコにするとか言ってたかぁ⁉」


「言ってないよ」


 勝手にお前らがそう解釈しただけだ。意味は同じだが。


「よかったねぇ、おじさんたち。ルカが寛大で。あとトーナメント戦が開かれてて。じゃなかったらここで私が殺しちゃうところだったよ~」


「くっ! このクソガキがぁ!」


 男たちの神経を逆なでするのが上手いなぁ、コルネリアは。


 我慢の限界を超え男たちが拳を握り締めて振り上げた。まっすぐにコルネリアの顔に迫る。


 ニコニコ笑顔のコルネリアは、その拳をかわそうとして——それより先に俺が男たちに蹴りを入れた。


「コルネリアの顔を殴ろうとするなよ」


 せっかく綺麗な面がもったいないだろ。


 ちなみに俺はバリバリ男女平等派だ。コルネリアとの模擬戦で彼女の顔面を殴った回数は両手の指じゃ足りない。


 だが、俺以外の人間が俺の仲間に手を出すことは許さない。咄嗟に蹴りを入れてしまったが、あんな真似しなくてもコルネリアはダメージを受けなかっただろう。


「むふー! ルカが私を守ってくれたー! 嬉しいなぁ」


 片やコルネリアは俺に守られてご機嫌だった。残ったもう一人の男にパンチをお見舞いして即座に争いを終わらせる。


 殴った箇所は顔面だ。実にいい、効率的な攻撃である。


 列から外れた彼らをその辺に放り投げ、俺たちの順番が少し前に繰り上がった。


「ラッキーだな。受付の順番まであと少しだ」


「私のおかげだよね⁉ 褒めて褒めてー」


「よしよし、そのまま前の奴ら全員ぶっ飛ばしてもいいぞ」


「ほんと⁉ よーし……」


「ダメに決まってるでしょ、皇女様」


 暴れようとするコルネリアを背後から羽交い絞めにしてでも止めようとするルシア。


 その様子を眺めながら、俺は適当に考え事をする。


「……ルカ様もコルネリア様も変わらないなぁ」


 唯一、シェイラだけが俺とコルネリアを呆れた顔で見ていた。


 失敬な。俺はコルネリアに比べたら許容範囲が広いぞ。すぐに手は出ないしな。足は出たけど。


 とにかく、さっさとトーナメントを勝ち抜けて優勝賞品をいただく。楽しみだな。


 なんとなくちらりと背後を見て、俺はビクリと肩を震わせた。


「?」


 今、気のせいか? 原作主人公によく似た髪色の男が見えたような……。


 たぶん、気のせいだと思う。




———————————

【あとがき】

新作「転生した悪役貴族の〝推し活〟」

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