第64話 強者

 謎の特殊個体と思われるオークが、ノルン姉さんの強烈な一撃を受けて吹き飛ばされた。


 しかし、


「! あれを食らってまだ立てるのか」


 殴られたオークは、姿が見えなくなるほど遠くへぶっ飛び、わずか一分ほどで戻ってきた。


「相当頑丈ですね。従来のオークがわたくしの攻撃を防げるとは思えません。……何か、影響を受けましたか?」


「影響?」


「推測に過ぎません。ただ、特殊個体のオークにしては強すぎる身体能力に、それでいて弱っているようにも見える様子。もしかすると、外部の何者かがあのオークに手を加えた可能性がありますね」


「それって……」


「どうやってあそこまでの力を与えのかは知りません。仮に薬でも使ったのだとしたら——面白い」


 にやり、とノルン姉さんが笑みを作った。


 その顔には子供みたいな無邪気な闇が隠れ潜んでいる。だが、俺も姉さんの言葉に同意する。


 オークはさして強い魔物じゃない。にも関わらず、ノルン姉さんと渡り合えるほどの力を与えるなんて……。


 本当にそんな薬があるのなら、俺の訓練用モルモットが作れそうだな。おそらく姉さんも暇潰しのサンドバッグを作るつもりだろう。


「ガアアアアア‼」


 思考の途中、夥しいほどの血を流したオークが絶叫する。


 骨が粉々に砕けているだろうに元気な奴だ。あまり調子に乗って声を荒げると傷口に障るぞ。


 しかし、オークは自らの負ったダメージなど気にせず地面を蹴った。


 瞬時にノルン姉さんの背後に周り、拳を打ち落とす。


 ノルン姉さんはガードしなかった。


 オークの拳がノルン姉さんの頭部に命中。衝撃が頭の天辺からつま先まで駆け抜け、足元の地面を盛大に砕く。


 けれど姉さんには関係なかった。前を向いたまま平然と立っている姿が俺の視界に残る。


「あなた……さっきより弱くなっていますよ?」


 スッ。


 ノルン姉さんが左手を上げた。それはただ腕を上げたようにしか見えない。


 だが、確実にオークの体にダメージを与えた。


「グアッ⁉」


 オークが気付いた時には、ノルン姉さんの頭部を殴った腕が消えていた。半ばほどで綺麗に切断されている。


 ノルン姉さんは別に剣を使ったわけじゃない。今も彼女の武器は鞘の中に納められたままだ。


 ではどうやってオークの腕を切断したのか。答えは簡単である。


 ——手刀。


 自らの手を剣に見立てて鋭く振っただけ。圧倒的なオーラを操るノルン姉さんだからこそできる芸当だ。


 大量の血を流し、知性がないと思われていたオークは動揺する。


 その様子を見て、ノルン姉さんは振り返った。


「やはりあなたの力は自分のものではないのですね……時間の経過と共にどんどん弱くなっている。覇気も衰えていますよ」


 シュッ。


 ノルン姉さんの手刀が炸裂。もう片方の腕も切れた。


 シュッ。


 今度は足。二度の攻撃で両足が消失する。


 ダルマ状態になったオークを見下ろし、ノルン姉さんは人当たりのいい笑みを浮かべた。


「他者を甚振る趣味はない——とは言いません。弱者とは強者に搾取される存在。力の関係は殺すか殺されるかです。どんな事情があって、どんな覚悟があろうと関係ありません。わたくしは基本的に戦いを楽しみます。それが……どんな一方的なものでも」


 狂っている。


 俺の姉ノルン・サルバトーレはどこまでもおかしい。


 彼女は笑顔で人を殺せるし、そこに老若男女の線引きはない。


 誰だろうと殺す。誰だろうと笑って殺す。自らが退屈にならないように。


 ゆえに、彼女は強い。


 自分のことしか頭にない人間というのは、総じて才能があったりする。


 ノルン姉さんの場合は特に才能が大きすぎるから余計にたちが悪いだろうな。


 まあ、最近は俺のこともよく考えてくれるし、やたらめったら甘やかされている気がしてならないが。


「では死んでください。少しは楽しめましたよ」


 無慈悲にノルン姉さんの最後の一撃が繰り出される。


 狙いはオークの首。一思いに命を断ち切り、オークはもう動くことはなかった。




▼△▼




「は、はは! なんだあの化け物……」


 ノルン・サルバトーレがオークを討伐した様子を、ある男性が遠くから観察していた。


 無論、彼女とオークの戦いも最初から眺めていた。気配を完全に消し去ることができる特殊な道具を使って、ノルンとルカにバレないように。


 だが、戦いが終わってから男は後悔することになった。


 慎重に時間をかけて選び抜いた最高の実験体だったオークは、強化の薬を使ったことで王都すら滅ぼせるほどの力を持った怪物に成長した。


 それでも肉体にかかる負荷は相当なもの。長時間の活動は不可能だということは分かっていたが……その実験体が王都に行く前に討伐されてしまった。


 それも、無傷で。


「あれがサルバトーレ公爵家の人間……無理だ、勝てるわけがねぇ。ドラゴンにでもあの薬を使わないとまともに戦いにすらならねぇぞ!」


 クソッ、と足元の枝をへし折る。


 木の上から飛び降り、急いで森の中へと姿を消した。


 最後に男は、


「このままじゃ、計画に支障が出るぜ」


 と呟く。




———————————

【あとがき】

新作を投稿しました!

「転生した悪役貴族の〝推し活〟」

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