第63話 暴力の化身
特殊個体と思われるオークが、手にした剣でノルン姉さんの腹を突き刺した。
致命傷だ。あれだけ大きな武器で腹に穴を開けられると、俺みたいに祈祷が使えない人間は確実に死ぬ。
……無論、刺されたのが一般人だった場合によるが。
「——ブゴッ⁉」
刺突を放った特殊個体のオークが目を見開く。オークが見つめている先は自分の剣——が突き刺さったはずのノルン姉さんの腹部だった。
相当力を籠めているのだろう、剣を握り締めた手がガタガタと震えている。
しかし、残念ながらオークの剣はノルン姉さんの腹部を貫くことはできなかった。それどころか、布一枚で完全に防御されている。姉さんは無傷だ。
「まさか……これが全力とは言いませんよね?」
剣を退けることもせず静かにノルン姉さんが呟いた。その声を聞いたオークは、体をぶるりと大きく震わせる。
「グオッ!」
慌ててオークが後ろに跳ぶ。ノルン姉さんと距離を取った。
対するノルン姉さんは、オークを追いかけることもせずにまっすぐ見つめていた。その瞳には氷のような鋭さが宿っている。
仮に俺が彼女に見つめられていたら、恐怖という感情を抱いてしまいそうなほど冷たい。
「ルカの前ですよ? せめて遊ぶくらいの力を出させてください。でなければ……早々に殺す」
「ッ⁉」
ノルン姉さんが殺気を放った。半ば反射的にオークは剣を構える。だが、それ以上は踏み込めないでいた。ノルン姉さんの懐に入るのを嫌がり、なかなか動けない。
その様子に焦れたのはノルン姉さんのほうだった。
鞘から剣を抜くことすらせず、一歩、——音を置き去りにする。気付いた時にはオークの目の前に立っていた。
「今からあなたを殴ります。防いでください」
返答も反応も待たず、ノルン姉さんが拳を握り締める。そのまま左手でパンチを繰り出した。
ノルン姉さんの攻撃は武術に則ったものじゃない。ただ力を籠めて拳を前に突き出しただけのもの。
要するに技もクソもないただのパンチだ。けれど、それを食らったオークは防御が間に合わず凄まじい衝撃を受けて吹き飛ぶ。
周りの木々を薙ぎ倒し、轟音を響かせながら五十メートル以上後方に消えた。
「まともに防御もできないとは……本当にオークという種族にはガッカリですね。これならドラゴンを生け捕りにしたほうがマシだったかもしれません」
「あはは、ドラゴンなんてどこにでもいる生き物じゃないよ、姉さん」
「オークに無駄な時間を奪われるより遥かにマシでしょう? 今の一撃で死んでいなければいいんですが……」
そう言いながら彼女は地面を蹴る。吹き飛ばしたオークを追いかけにいった。
俺もその後ろを追いかける。すぐに倒れたオークを発見する。
「あー……これはダメだね。即死してる」
木々を下敷きに倒れたオークは、腹に穴を開けた状態でぴくりともしなかった。確実に絶命している。
「むぅ……残念です。久しぶりにオークと戦いましたが、特殊個体と言えどもこの程度ですか」
「姉さんの相手にはならなかったね。とりあえず——」
「ッ」
ぴたっ。
俺も姉さんも同時に動きを止めた。
近くに何かいる。巨大なエネルギーを持った何かだ。それが、いきなり近くに現れた。
「今のは……なんだ?」
「どうやら敵のようですね。よかった、少しは戦い甲斐のある敵がいるらしい」
ちらりとノルン姉さんと俺は同じ方向を見る。その先に、一体のオークがいた。
外見は特殊個体のオークだ。まだ残りがいたのかと感心するが、次いで違和感に気付く。
俺と姉さんが見つけたそのオークは、特殊個体は特殊個体でも、さらに変わった特徴を持っている。
それは、体に奔った謎の模様。先ほど倒したオークには無い気味の悪い模様が体に浮き上がっていた。他にも顔色が悪い。何もしていないのに血を流していた。
全体的に不気味なオークである。だが、見つけた以上は討伐する。
「よく見ていてくださいね、ルカ。今度の相手はなかなか手強いので」
「姉さんがそこまで言うほど?」
「ええ。そこの死体より遥かに魔力を持っています。ふふ……久しぶりに力を出せそうですね」
彼女がそう言った途端、オークと姉さんは同時に姿を消した。直後、爆発音が響く。
「くっ!」
あまりの衝撃に吹き飛ばされそうになった。ギリギリ足に力を籠めて耐える。
今のは姉さんとオークがぶつかり合った際に生じた単なる余波だ。それでも暴風のように周りの地形を破壊する。
驚いたな。まさか姉さんと互角に殴り合えるオークがこんな近くにいたなんて。普通に考えて姉さんが相手をしなかったら街に相当な被害が出ていただろう。俺も苦戦するレベルの強敵だ。
「あなた、ずいぶんと顔色が悪そうですよ? 逃げるなら追いません、決めてください」
「グ、オオオオオオオ‼」
姉さんの言葉を拒否。オークは強く拳を握り締めて姉さんを殴り付けた。姉さんは腕を盾に防御する。
「そうですか。残念ですね。全快のあなたと戦いたかったのに」
どこか悲しそうに姉さんは眉を落とす。続けて、先ほどの倍以上のオーラが姉さんの体から噴き出した。オーラの放出に合わせて地面が砕ける。
オークは姉さんのオーラの余波だけで体勢を崩した。その隙を逃さず、姉さんが強烈なボディブローを決める。
オークが周囲のあらゆる地形、物体を削りながら遥か彼方まで吹き飛んだ。
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