第62話 襲われた姉

 鈍色の刃が、目の前のオークの肉を断ち切る。


 オーラの籠められた剣身は、オークの硬い皮膚と筋肉を易々と両断した。眼前に真っ赤な鮮血が飛び散り、オークの悲鳴が耳に届く。


 先ほどまであれだけ俺たちのことを殺意ましましで睨んでいたというのに、いざ自分が傷付けられる側に回ると、オークたちは悲痛な顔を隠そうともしなかった。


 ズルいよな。いつだって襲われている側は可哀想に見える。少しばかり手心を加えたくなる。


 だが、俺は手加減などしない。逃げようと背を向けたオークの首を斬り裂き、仲間を守ると前に出たオークを殺す。


 人間とモンスターの間に共存する意思はない。必ずどちらかが殺される運命にある。


 人間同士だって争うんだ、種族の違う人間とモンスターが仲良くなれるはずがない。


 よく、犯罪者の中にも更生できる者はいると声高らかに言う奴がいるが、俺はそれが正しいとは思わない。


 確かに更生するかもしれない。仕方のない理由があって人を殺した者はいるだろう。


 けど、違うんだ。


 俺の中では罪を犯した奴はもれなく平等だ。更生できるかどうかの問題じゃない。そいつを見つけて更生させるより、全員を平等に斬り殺したほうが早いし確実だ。


 九割の人間は更生できない。それと同じだ。


 長々と内心で語ってみたが、要するに心優しいモンスターを見つけるより、モンスターそのものを駆逐したほうが安全で早い。


 あとから「あのモンスターは優しかったかもしれないね」と言うのと、「お前がモンスターを見逃したせいで人が多く死んだ」と言われるの、自分だったらどっちがいい?


 見ず知らずのモンスターを助けて自己満足に浸るか、見ず知らずの同族を助けて安心するか。


 物事っていうのは、結局そんなもんだ。


 だから俺は基本的に犯罪者とモンスターには容赦しない。敵対するなら確実に殺す。


 彼らの背景に仲間や恋人、家族がいようと関係ない。殺す。そうしなきゃ、自分の命や知り合いの命が脅かされるから。




「お疲れ様でした、ルカ」


 グチャ、という音を立てて、ノルン姉さんが片手でオークの頭部を握り潰しながら言った。


 敵の数がそこそこ多かったこともあり、数体ほど姉さんへ襲いかかった個体がいた。結果はご覧の通り。ノルン姉さんは武器すら構えずにすべてのオークを殺した。


「ノルン姉さんもお疲れ様。ごめんね、何体か処理してもらって」


「いいえ。ルカの雄姿をこの目で見ていたら、思わず興奮してしまいました。ふふ。すっかり強くなって……動きも洗練されていますね」


「ノルン姉さんほどじゃないけどね。まだ荒いさ」


「むしろ逆かと」


 ぽいっと姉さんは頭部の潰れたオークを放り投げると、懐からハンカチを取り出して拭き始めた。


「わたくしは力で相手を叩き潰すのがスタイルです。それに比べ、ルカの剣術は素直で、しかし柔軟です。ルカのようなタイプを相手にするのが一番厄介だとわたくしは知っていますよ」


「そうかな?」


「そうです。ただ、いくら数が多くても雑魚ばかり相手にしていては面白くありませんね……この様子だと、特殊個体のオークは望み薄でしょうか」


「残念だね。たまにはノルン姉さんが戦ってるところを見たかったのに」


 前に見たのはコルネリアたちとの模擬戦。あれは単なる児戯だ。


 モンスターを相手にしたノルン姉さんがどういう戦法で、どういう力で圧倒するのか、それを俺は楽しみにしていた。


 しかし、蓋を開けてみれば雑魚ばかり。このままだと退屈なまま終わってしまう。




「! どうやら……ルカの望みは叶うかもしれませんよ」


「タイミングがいいね」


 姉さんがちらりと前方の茂みを見る。俺もそちらに視線を移した。


 俺もノルン姉さんも、こちらに向かってくる大きな反応を捉えている。先ほどまでのオークとは明らかに違う、強者の気配が漂っていた。


「ルカ、わたくしが相手してもいいんですか? 別にあなたでも構いませんよ」


「ううん、最近ドラゴンを倒したばかりだし、今回ばかりは姉さんに譲るよ。もう一体いたら欲しいかな」


「了解です。では、久しぶりにルカにカッコいいところをお見せしましょう」


 そう言ってノルン姉さんは数歩前に出る。代わりに俺は数歩後ろに下がった。


 すると、茂みをかき分けて一匹のオークが姿を見せた。俺とノルン姉さんの予想通り、現れたオークは普通のオークではない。


 通常のオークより高い背丈に、隆起した筋肉。まるでオークというよりオーガのような体型をしていた。


 手にした剣を構え、赤黒く変色した体をわずかに落とす。足に力が入っているのがよく分かった。


 対するノルン姉さんは、かすかに笑みを浮かべたまま棒立ちだ。相手の様子を窺っている。


 直後、オークが地面を蹴った。


 爆発に似た轟音が響き、地面が激しく砕ける。やはり通常のオークではない特殊個体か、と俺が認識した時には、オークがノルン姉さんの目の前に迫っていた。


 全力で腕を引き、空気を裂きながら鋭い刺突を繰り出す。


 その一撃が、見事無防備状態だったノルン姉さんの腹部に当たる。




———————————

【あとがき】

ノルンが刺された!?

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