第61話 姉は過激派
ノルン姉さんと一緒に夕食を堪能した翌日。
俺は姉さんに連れられ王都近隣の森の中に足を運んだ。
「んー、こうして王都を出るのはドラゴン討伐以来かな」
サクサクと雑草を踏み締めながら、俺は大自然の空気をたっぷりと吸い込んだ。
その様子を見ていたノルン姉さんが、本日何度目かも分からぬ頭なでなでを行う。
「ふふ、学院の生徒とはいえ、ルカは毎日だって外へ出て修行してもいいんですよ。学院側が何か言ってきたらわたくしに言ってください」
「何するつもり」
「ただちょっとお話するだけです。ええ」
「姉さんが言葉を使うなんて珍しいね」
「ルカが在籍する学院ですからね。わたくしも少々冷静さを持たないと」
「本当に?」
「……殺しても問題は解決しませんからね。トップが変わるとまた説得する時間が掛かります。それは効率が悪いでしょう?」
「姉さんらしい返事がやっと返ってきたね」
要は邪魔な教員、あるいは学院長を殺すより、生かして脅したほうが今後長らく俺の味方になってくれるだろう——という考えだ。
陰湿だけど実際に効率がいいから俺は何も言えない。
「褒めても何も出ませんよ」
褒めてはないけどまあいいか。
「それより、ルカは学院生活を楽しんでいますか? 何やらくだらない雌ぶ……ごほん。雌犬たちと戯れているようですが」
「言い換えた意味あるの、それ」
最初豚って言おうとしたよね。犬でもあんまり変わんないよ。
ノルン姉さんは俺に近付く異性が昔から大嫌いだった。それは自分の姉妹にも言えることで、妹たちが話しかけるだけで殺気を飛ばすほど。
一度、次女と本気で殺し合うんじゃないかというところまでいったが、偶然近くにいた当主が家を壊すなと説教してギリギリ殺し合いは行われなかった。
その後どうなったのかは知らないが、姉さんのおかげで余計な会話をせずに済んでいる。
だが、その独占欲とも言える感情は今もなお俺の日常を蝕んでいた。どうやら、姉さんにとってコルネリアたちは害虫以外の何者でもないらしい。
「でも、そうだね……まあ楽しいよ。外にしかなかった刺激はある」
「あの犬共がそうだと?」
「姉さんは頭が固いね。利用できるものはなんでも利用しないと」
「まあまあまあ! さすがルカですね。皇女だろうと自分のために利用する! それでこそサルバトーレ公爵家次期当主ですわ!」
姉さんの撫でる速度が上がった。俺の髪がわしゃわしゃと形を崩す。
別に髪型にこだわりはないが、視界に髪がちらついて鬱陶しい。あとこのまま続くと禿げそう。いくら俺が強さばかりを求めると言っても、禿は嫌だなぁ。
「本当はあの雌犬共は殺してしまおうかと考えていましたが、ルカの成長に繋がるなら特別に生かしておいても——」
ガサッ。
ノルン姉さんの言葉の途中、近くの茂みで音がした。
音がする前にその気配に気付いていた俺とノルン姉さんは、同時にぴたりと歩みを止めた。
「……一匹程度、見逃しておこうかと思いましたが、自ら死地に飛び込んでくるアホとは……やれやれ」
スッとノルン姉さんが俺の頭から手を離す。
視線の先には、二メートルほどの体躯を誇る緑色の化け物——オークが立っていた。右手に握り締めたカトラスのような武器が、きらりと木々の隙間から差し込む陽光を反射して煌めく。
血のように赤い瞳は殺意に満ちていた。やる気満々だな。
「せっかくですし、ここはわたくしが相手をしましょう。殺さないように捕まえますね」
「捕まえるの?」
ノルン姉さんのことだからてっきり瞬殺するかと思っていた。
「ええ。今回はオークの群れを駆逐するのが目的ですから。一匹を捕まえて近くにいる他の個体を呼び出しましょう」
「どうやって?」
「もちろん、痛めつけるんですよ。ルカもいい機会からですし見ていてください。サルバトーレ公爵家は拷問も得意だということを」
なるほど。オークに悲鳴を上げさせて仲間をわざと呼ぶのか。
サルバトーレ公爵家に伝わる拷問術は、俺も耳にしたことはあった。しかし、拷問など下っ端が行うものだ。シンプルな強さのみを追いかけていた俺はそれを詳しくは知らない。
確かに何もせずただ見ているより、姉さんの拷問術を学んだほうが有意義だな。
納得し、前に歩き出した姉さんの背中を見つめる。これから凄惨な行いがされるというのに、俺の心はどこまでも冷静だった。
▼△▼
時間にして十分。
まず姉さんはオークに近付いた。攻撃してくるオークの腕を素手で吹き飛ばし、今度は血を流して膝を突いたオークの足を吹き飛ばす。
そうして動けなくなったオークは、再生能力が高いゆえに死ぬことがないまま姉さんに踏みつけられる。そして、拷問が始まった。
怒りの感情がひしひしと伝わるほどの叫び声を上げるオーク。森に響き渡るその声を聞いて、近くにいたであろう仲間たちが押し寄せるまでに十分。凄い速さだった。
まともに拷問術を学ぶ時間はなかったが、代わりに大量のオークが現れた。それで我慢するかと俺は腰にぶら下がる鞘から剣を抜く。
ノルン姉さんは笑顔で「ルカにあげますね」と俺に告げていた。
対する俺は「ありがとう」とハッキリに声に出してから——地面を蹴った。
———————————
【あとがき】
ほんとはこの件はカットする予定でした。パパっとコロシアムにね……。
でもノルン姉さんの活躍を書くぞー!となりました!楽しんでいただけると嬉しいです!
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