第60話 蠢く者
ドタバタ騒ぎのあった食事は、しかしノルン姉さんのおかげ? で無事に終わった。
人間の体にはあまりにも痛々しい量の料理を胃袋に突っ込んだノルン姉さんが席を立ち、俺がその背中を追いかける形で外に出る。
「よく我慢できたね、ノルン姉さん」
夜道を歩きながら姉さんに声をかけた。
するとノルン姉さんは柔らかく微笑んで言った。
「ルカとの食事をあれ以上妨害されたくありませんでしたから」
「俺との食事を?」
「はい。あそこであの男を殺してもよかったんですが……そうなると店側に怒られるかもしれません。せっかくルカを連れて楽しいデートの最中だった訳ですし、空気を壊したくなかったんです」
「へぇ。俺は助かったよ。大人しい姉さんのほうが魅力的だ」
「あらあら。ルカはいくつになっても甘えん坊ですね」
くすくすと笑ってノルン姉さんはそう言うが、顔が凄く笑っている。口ではしょうがないなぁ、と言いながらも喜んでいた。
「——そうだ。ルカに話があります」
「話?」
「そろそろコロシアムでトーナメントが開催されますね」
「そうだね」
「その前にぜひ、わたくしと外へ出掛けましょう」
「外? もう出てるけど」
「さらに外へ。王都を離れて魔物を狩るんですよ」
「姉さんと俺が?」
「はい」
彼女は簡潔に首を縦に振った。
嬉しい提案ではあるが……。
「姉さんと俺が修行に使えるほど強い魔物は、王都近隣にはいないと思うけど」
「普段ならそうでしょうね。でも、わたくしたちは運がいい。最近、王都近隣の森の中で巣を作っているオークの群れがいるらしいですよ」
「オーク!」
それはいい、と俺は納得した。
オークは特別強い魔物ではない。むしろありふれた魔物だ。
オーラをある程度使える者なら倒せるくらうには弱いが、オークの強みはその適応能力の高さにある。
言わばオークは進化を続ける生き物だ。外的要因を受け入れ、取り込み、適応し進化する。
ゆえにオークの中でもとりわけ強い個体などが生まれたりするらしい。俺はまだ出会ったことはないが、オークの集落があるなら一匹くらいいるかもしれない。ノルン姉さんもそれを期待しているはずだ。
「最近ドラゴンと戦ったルカにはやや物足りない相手かもしれませんね」
「そんなことないさ。特殊個体のオークがいればそれなりに楽しめると思うよ。何より……姉さんと戦えるなら学ぶことは多いはず」
今回の話でもっとも重要な部分は、この世界でもトップクラスの実力者たるノルン姉さんの実力をこの目で見ることができるという点。
それは今後彼女を超えるという意味でも無意味じゃない。
まあ、特殊個体のオークがいたとしても、ノルン姉さんの半分の力も見られるかどうかのレベルだが。
「ふふ、思いの外ルカが乗り気でよかった。わたくしもルカの動きを見て指摘できる部分は指摘しますね」
「ありがとう。少しは強くなったってことを姉さんに見せてあげるよ」
「まあ、それは楽しみですね」
ノルン姉さんは心の底から笑っていた。
俺以外の家族に対してはほとんど無関心に近い表情と感情しか向けないのに、ほんと不思議なくらい姉さんは俺を好んでいた。
それがまた嫌じゃないと思うのは、俺の中でもノルン姉さんが一際特別だからだろうか?
夜空に浮かぶ月を仰ぎながら、雑談を交えて馬車に乗る。そのままあとは屋敷に帰るだけだった。
▼△▼
王都東区の一角。
薄暗い路地裏の中、黒い外套を羽織った人物がにやりと笑って懐から小さな瓶を取り出した。
瓶の中には紫色の液体が入っている。
「それが例の薬?」
怪しげな液体を見た対面の人物が、訝しむように瓶を持つ黒衣の男へと訊ねる。
男は不気味な笑みを刻んだままこくりと頷いて答えた。
「ああ、そうだ。これを使えばどんな雑魚でも強くなる。小さな町くらいなら滅ぼせるんじゃねぇか?」
「舐めすぎよ。そんな簡単にはいかないわ。そもそも標的は王都でしょ」
「いいや違うね。大事なのはこの薬がどれだけ使えるかどうかの実験さ。王都に混乱をもたらすのはそのついでにすぎない」
「ふうん。私は別に王都がめちゃくちゃになるなら何でも構わないけどね」
男の台詞に同じく黒い外套をまとった女性が、鼻を鳴らして踵を返した。
「それにしてもおかしなものね。科学者って連中は倫理観がないのかしら? 人間でありながらそんな薬を作るだなんて」
「奴らは何かを生み出せればそれでいいのさ。この薬はのちのち人間にも使えるように改良されるだろうしな」
「完成したら教えて。最悪、自分で使って皇帝でも殺してやるわ」
「復讐のためにか?」
「そうよ。この国が栄えるために犠牲にしてきた多くの人たちのために……虐げられてきた私自身のためにも、行動しなくちゃ」
「どうでもいいが気を付けろよ。俺もすぐにこの薬を使って姿を消す。連中に見つかったら最悪だ」
「連中?」
「サルバトーレ公爵家の奴らだよ。今、この街には何人かいるらしい」
「へぇ……最強と名高いあの公爵家の連中が。ちょうどいいわ。皇帝以上に気に食わない奴らだもの、必ず殺してやる……!」
ギリ、と奥歯を噛みしめて女性は歩き出した。
男のほうも闇の中に姿を消していく。
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