第42話 クソアイテム

 カポカポカポ。


 馬の奏でる足音を聞きながら、俺とシェイラは馬車に揺られる。


 いくら俺が帝国最高の貴族サルバトーレの人間でも、馬車の揺れをどうにかする術は持っていなかった。


 前世基準でいうと、この世界の文明レベルはかなり劣っている。

 あと一時間も揺られ続けると、鍛え抜かれた尻も痛みを感じてくるはずだ。


 そうなると今度は、祈祷を使って痛みと違和感を治す。

 馬車による旅はこの繰り返しだ。


「ワクワク。ワクワク」


 俺が読書を楽しんでいる対面で、窓から外を眺めるシェイラが不思議な効果音を漏らした。


 ちらりとページから視線を外す。


「楽しそうだな、シェイラ」


 俺の問いに、彼女は視線を合わせて頷いた。


「当然! 私はほとんど帝都を出たことがない。資料でしか見たことのない鉱山を前に、ワクワクを隠し切れない」


「お前が鉱山マニアだったとは知らなかったよ。公式の情報にも載ってなかった」

「公式?」


「なんでもない。それより、どうなんだ? そんなに楽しみなのか、鉱山が」


「ん、楽しみ。厳密には、鉱山で採れる鉱石に用がある」

「鉱石?」


 ドラゴンが住み着いたという鉱山で採れる鉱石はなんだったかな……。


 生憎と、俺は鉱石に興味はないから調べていなかった。


 微妙にモヤモヤする中、シェイラが答えを教えてくれる。


「マナ鉱石。鉱山のごくごく一部からしか採れない貴重な鉱石だよ」

「マナ鉱石……ああ、そういえばあったな、そんなアイテムが」


 俺は前世の記憶を思い出した。

 この世界がゲームだった頃、たしかにシェイラが言う『マナ鉱石』というアイテムはあった。


 彼女が興味を示すように、マナ鉱石とは魔力の籠った特殊な石のこと。

 その石を使い、錬金術を元に生み出されるのが、『マナ・マテリアル』。


 高密度のマナが錬金術によりさらに品質を高めた逸品だ。


 それを飲むことで、魔力を得られるという話がある。


 ……が、ここで重要なのは、マナ鉱石の入手方法とマナ・マテリアルの製造方法、並びに効果だ。


 まずマナ鉱石の入手方法。これがまた地味な作業である。


 鉱石系のアイテムが採れる場所でひたすらマナ鉱石が出るまでランニング。

 自然ドロップアイテムだったから、覚えたルートを永遠に走るだけの採取ゲーが始まる。


 おまけに入手率が激低。

 レアリティが最高ランクと意味不明だった。確率だけでいうと一パーセントあるかどうか。


 マップ内の湧きポジを全て潰すと、湧き直しまで待機してるから本当に面白味がない。

 その苦行を超えた先で待っているのが、——錬金術。


 これはオーラ・祈祷・魔法・呪詛・召喚術と呼ばれる基礎能力と同じく、人間が生まれながらに持つ異能の一つ。


 全ての能力の中でもっとも希少価値が高く、なんとなんとの、プレイヤーですら持ちえない力なのだ。


 つまり、必死こいて集めたマナ鉱石を、錬金術が使える人間の下へ持っていかなくちゃいけない。


 これがもう、錬金術師の場所まで行くのにクエストがあったり条件が発生したりと……今思い出すだけでもめんどくさい。吐きそう。




 だが、一番の問題は最後にある。




 それはマナ・マテリアルの効果だ。


 マナ・マテリアルは、経口摂取により対象の魔力総量を底上げしてくれる便利なアイテム——と思いきや、なぜかゲームだと装備品扱いだった。


 これの何が問題かって、ぶっちゃけマナ・マテリアルより優秀な装備はいくらでもある。


 それこそ、マナ・マテリアルを作れるプレイヤーなら、誰でもそのくらいの装備をもっているくらいに。


 当時は、そのことを知らなかった多くの上位プレイヤー……俺を含むランカーたちが、運営に抗議のメッセージを送りつけるほど焼けた。


 結果的にゴミなわけだしな。


 それだけに、俺はすっかり忘れていた。何の役にも立たない廃棄物の存在を。


「ルカならマナ・マテリアルの価値を知ってるはず。興味ないの?」

「ないね。あんなガラクタ、作るだけ無駄だぞ」


 お前が持ってる装備のほうが絶対に性能は上だね。断言できる。


「むぅ。それでも興味は尽きない。どんな見た目なのかも気になる」

「マナ・マテリアルは——」

「静かに!」

「むぐっ」


 せっかくどんな外見をしているのか教えてやろうと思ったのに、俺の口はシェイラの手によって塞がれてしまった。


 シェイラの瞳が鋭く細くなる。


「実物を見るまで秘密にしておいて!」

「……さいで」


 お前がそれでいいなら俺は別に構わないよ。

 どちらにせよ、俺の目的に変更はない。

 鉱山に巣食うドラゴンさえ殺せれば、それで満足だ。


 同時に、ドラゴンの心臓を手に入れる。言ってしまえば、それこそが俺の本命だった。


 ククク、と内心で笑う。

 視線を本に戻し、また馬車の中は静寂が訪れる。


 しかし、シェイラとの沈黙は不思議と嫌な気持ちにならなかった。

 むしろ心地よささえ感じるほど。


 そうしてさらに数時間。

 ケツを祈祷で治しながら進む俺たちの前方に、目的地である鉱山が見えてきた。

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