第78話 悪評だらけのサルバトーレ
トーナメント戦が終わって数日経った。
充分に疲労も抜け、各々がレベルアップを果たしたある日。俺は、ルシアを連れて学院長室へ向かっていた。
「アンタ……本当に叔母様の下へ行くの?」
長い廊下を歩きながら隣に並ぶルシアが話しかけてくる。
「ああ。学院長にでも言っておかないと俺の成績が下がるだろ? ボンクラ共に負ける気はさらさらねぇ」
「だからってねぇ……叔母様が素直に頷くとは思えないわ」
「モルガンとサルバトーレだからか?」
「ええ。私とアンタはそこそこ仲良くしてるけど、叔母様には関係ないわ」
「へぇ、お前、俺と仲がいい自覚あったのか」
「ッ!」
かぁぁぁっとルシアの顔が真っ赤になった。
コイツは普段からツンケンしているが、実は根っからの寂しがり屋でもある。何かと俺に絡んで来るのがその証拠だ。
「何よ……文句あるわけ⁉」
「別に~。俺もお前のことは友人だと思ってるよ」
ふっと笑ってみせる。
ルシアはいまだ顔が赤いままだったが、珍しくしおらしい反応をした。
「~~~~! あ、ありがとう……」
「あ? お前がお礼を言うとか……明日は嵐か? これから遠出するっていうのに縁起が悪い奴だな」
「ぶっ殺すわよ」
「冗談だって」
ガチの殺意が向けられたのでヘラヘラと笑う。
ルシアはからかうほどに面白いが、からかいすぎると暴れ出すからめんどくさい。コルネリアはからかいは通じないが、何言っても妄信的に信じてくれるからちょろ——じゃなくて、扱いやすい。
ちょうどコルネリアとルシアの中間くらいがシェイラだ。彼女は疑いもするし信じもする。暴れないあたりルシアより教育がよかったな。
「それよりあそこが学院長室だろ。あんまり騒ぐなよ」
「誰のせいよ!」
グガアアア! と牙を剥くルシアを宥めながら俺は平然と目の前の扉を開けた。
部屋の中にはルシアにどことなく似たモルガン家当主の妹が椅子に座っている。
彼女は俺の姿を見てくすりと笑った。
「こんにちは、サルバトーレ公爵家の若き獅子よ」
「お久しぶりですね、学院長。今日はお願いがあって来ました」
「単刀直入ですね。少しは歓談も悪くありませんよ?」
「そうしたいのは山々ですが、俺にも予定がありまして。さっさと休学許可をもらってゾラ連邦に向かいたいんですよ」
彼女に隠し事をしてもしょうがない。どうせ俺がゾラ連邦に行ったらバレるしな。
「ゾラ連邦? 亜人たちが作った国だと聞いていますが……いったい何をしに?」
「ちょっとクーデターに混ざってきます」
「ルカ⁉ 何を言ってるのアンタ!」
後ろでルシアがぎゃーぎゃーうるさいが無視だ。今は学院長と話している。
対する彼女は、涼しげな表情を崩すこともなく頷いた。
「……いいでしょう。許可します。あまり派手にやりすぎないように注意してくださいね? ゾラ連邦は我らが帝国とは違うのですから」
「叔母様⁉ そ、そんな簡単に許可を出していいの?」
さすがにルシアが驚いていた。俺もあっさり許可が下りるとは思っていなかったのでややびっくりする。
「本当はいろいろと訊きたいこともありますし、止めたい気持ちもあります。ですが……」
そこで学院長は言葉を区切り、恨めしそうに窓の外を見た。
「ルカ・サルバトーレ。アナタの姉君が私に口うるさく言ったんですよ。ルカのお願いを断ったら殺す。ルカに干渉したら殺す、と」
「ノルン姉さんか……」
いつの間に学院長を脅していたんだ……。正直助かるから文句は言わないけど。
「ノルン・サルバトーレに脅迫されたから命令に従うって言うんですか⁉ 我々はモルガン公爵家ですよ!」
「ルシア、アナタは知らない。ノルン・サルバトーレがいかに頭のおかしい女か」
「いや……それは知ってます……ええ……」
一度ノルン姉さんにしばかれたルシアが、顔色を悪くして視線を逸らす。
学院長はその様子に苦笑せざるを得ない。
「知っているなら話は早いわ。ノルン・サルバトーレが私を殺すと言った以上、あの女は確実にやるわ。権力もその後の波紋も騒動も彼女には関係ない。サルバトーレ公爵家っていうのはそういう狂った連中の巣窟なの」
「…………」
俺を同列に扱うなと文句を言うべきか、サルバトーレ公爵家の悪評がどんだけ酷いのか再認識したと納得するべきか俺は悩んだ。
結果的に俺もサルバトーレ公爵家はゴミ溜めだと思っているため、特に反論もなく彼女の言葉を受け止める。
どちらにせよ、俺はゾラ連邦にさえ行ければそれでいい。
くるりと踵を返し、最後に学院長にお礼を言った。
「とにかく、許可をくれてありがとうございました、学院長。精々、ノルン姉さんには気を付けてくださいね」
「ああ。君も気を付けて行くんだよ」
手を振って俺とルシアは学院長から出た。
さて……ここからはもっと面白くなる。財宝も経験値も全て俺のもんだ。亜人共から全部巻き上げてやるぜ。ケケケ。
内心でほくそ笑みながらさっさと旅立ちの準備を始める。
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