第11話 禁忌の魔剣

 ルカの最初の試練が終了した。


 まだ十歳にも満たない小さなサルバトーレが残した爪痕は、当主ルキウスの口から瞬く間に兄姉きょうだいたちに伝えたられた。


 稲妻が走る。


 誰もが口にはしないが想像したことだろう。

 五歳でオーラを覚醒させ、八歳で試練を終える。おまけに討伐した魔物の中には中型の個体までいた。


 もはや偉業だ。異常であり奇跡。


 他の誰も成し遂げなかった結果をルカは生み出した。

 その才能は比類なきもの。ほぼ確実にこのまま成長すれば当主の座に座るのはルカになる。


 ある者は焦り。ある者は苛立ち。ある者は興味を示す。


 様々な思惑が交錯する中、その日の夜。この日のために集まった全てのサルバトーレがダイニングルームに集まった。


 名目は——ルカの試練達成を祝う食事会。











「よくお似合いです、ルカ様」

「そうか。助かった」


 ニコニコと笑みを浮かべるメイドに礼を伝える。


 現在、俺は自室で正装に身を包んでいた。

 まもなく始まる食事会のために。


『馬子にも衣装って言葉が私のいた国にはあってねぇ。似合ってるよ~、ルカ』

「俺が意味を知らないとでも思ってんのか?」

「? 何か言いましたかルカ様」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「はぁ? 解りました。それでは私は先にダイニングルームへ移動します。本当にお一人で?」

「ああ。家の中だ、問題ない」

「畏まりました」


 深々と一礼してメイドは部屋を出ていく。


 ようやく一人になった俺は「ふぅ」とため息を吐きながら椅子に座った。

 ちらりと上を見上げる。


 俺の頭上には器用に寝転がりながら浮かぶ荒神リリスの姿があった。


「おい、人がいる前で急に話しかけてくるなよ」

『私は話しかけたつもりないけど~? ルカが勝手に返事したんじゃん』

「お前の声はよく通る。無視もできないだろ」

『むふふ。それほどでもあります! でもいいの?』

「何がだ」

『食事会だよ食事会。ルカ以外の兄姉たちが集まるんでしょ? 雪山でルカを襲ったあのならず者たちの雇い主もいるってことじゃん』

「そうだな。食事会のために全員が呼ばれてるはずだからまず間違いなくいる」

『危険じゃない? 近くにいたら殺しに来るかもよ』

「それはないな」


 リスの心配を一蹴する。


『どうして?』

「ここは天下のサルバトーレ公爵邸だぞ。そんなところでおっぱじめたら他の人間に確実に気づかれる。気づかれないまま俺を暗殺するのは不可能だ」

『ふうん。まあ、私はルカが無事ならなんでもいいけどね』

「なんだ、心配してくれるのか」

『当然じゃん。私たちは契約を交わしたんだよ? ルカにはなるべく長生きしてもらわないと』

「へいへい。言われなくても百年は生きてやるよ」


 簡単に死ぬつもりは毛頭ない。


「それより、食事会の最中は話しかけるなよ? 余計な詮索をされても困る。今日は大事な日なんだ」

『別に邪魔はしないけど……そんなに大事かな? ただルカの偉業を称えます~ってだけでしょ?』

「いいや、違う。この食事会で俺は晴れて一人前に認められる。一人前に認められたサルバトーレ家の人間には、当主自らが選んだ専用の武器が与えられるんだ」

『専用の武器?』

「たとえば長女ノルン姉さんなら〝魔剣グラム〟を当主からもらってる」

『ルカにもなんか強い武器くれるのかな?』

「たぶんな」


 これまでに試練を乗り越えた兄姉たちは全員が武器をもらっている。

 さすがに八歳だからと除け者にしたりしないだろう。

 今やルキウスの関心は俺に集中していると言ってもいい。


 どんな武器がもらえるのか、ただそれだけ楽しみだった。


「そういうわけで大事な日だ。終わるまで大人しくしててくれ」

『はいはい。面白い武器がもらえるといいわね』

「ああ。どんな武器だろうと俺なら使いこなせる」

『でたー。ルカのナルシスト』


 リリスの言葉をスルーして椅子から立ち上がった。


 最後にもう一度姿見を確認し、俺は部屋を出る。向かうは一階のダイニングルームだ。











 ダイニングルームに足を踏み入れる。

 すでに俺以外の家族は全員集まっていた。

 俺を呼んだのは最後ってことになる。


「来たか、ルカ」


 一番奥の席に座っていた当主ルキウスが一番手前にあった席へ座るよう促した。

 言われるがままに席に着く。


「では食事会を始める。お前たちもルカの成果が気になるだろう。詳細は本人から聞く。これが伝統だ」


 バッと全員の視線が俺に集まった。

 久しぶりに会う顔が多いな。


 サルバトーレ公爵家の人間は皆優秀だ。基本的に試練を乗り越えたあと、成人になって様々な任務に就く。

 ノルン姉さんは特例として当主の補佐をすることが多い。もしくは危険地帯に一人で赴き、大量の魔物を駆逐する。


 それゆえに、ノルン姉さん以外の鋭い眼光が俺に突き刺さった。


 今のままじゃ勝てない奴ばかり。いくら俺でも緊張の一つくらいはする。

 同時に、こいつらを全員殺してみたいな——と考えてしまった。


 その殺意を感じ取った他の兄姉たちが、さらに視線を鋭くした。

 しかし、


「あなたたち。ルカを睨むのはやめなさい。調子に乗ってると……殺しますわよ?」


 ノルン姉さんの殺気が全てを吹き飛ばす。

 圧倒的強者による威圧は、俺を含めた全ての兄姉たちを委縮させた。

 カムレンなんて顔中にぶわっと汗を掻いている。


「お前も静まれ、ノルン。今、私はルカに訊ねている。サバイバルはどうだったのか、と」

「……失礼しました」


 ルキウスに注意され、ノルン姉さんは瞳を閉じた。

 しーん、と空気が冷たくなる。


 この状態で口を開きたくなかったが、当主ルキウスの命令なら話さずにはいられない。

 俺は自分が過ごした一週間の内容を語った。

 できるだけ簡潔に。


 すると、俺の話を聞いていた兄の一人が叫んだ。


「し、神力を習得しただと⁉ 戦闘中に⁉」


 それは俺が熊の魔物と戦っている時の話。

 本当は聖遺物を見つけてその力を引き出したにすぎないが、いずれ神力は覚える予定なのでまあ同じだろ(うんうん)。


「馬鹿げてる! オーラだけでもありえないのに、八歳で次は神力だと⁉」

「事実ですわ。私は傷付いたルカの腕を見ました。あれは神力を使っていないと出血多量で死んでましたね」

「なっ⁉ い、いやしかし……サルバトーレ公爵家に神力など邪道だ!」


 ノルン姉さんの補足、それでも兄の一人は食い下がる。

 答えたのは父ルキウスだった。


「何が悪い? ルカはオーラの才能も特別だ。その上で神力が混ざれば、さらに実力を向上させることができるだろう。オーラさえ疎かにならなければ文句はない」

「そんな……」


 当主の言葉に、もう反論は出なかった。

 ルキウスの言葉は絶対だ。当主が認めればカラスだって白くなる。


「ありがとうございます、当主様」

「構わん。お前にはそれだけの価値がある。神力もオーラ同様に磨くがいい。誰よりも強くなるのだ」

「畏まりました」


 最初からそのつもりだよ。いずれあんたすら超えてやる。

 内心でクククと笑った。


「うむ。もう話は充分だな。ルカは紛れもない天才だ。最年少で試練を超えた。正式に一人前のサルバトーレと認めよう」

「はっ」


 恭しく頭を下げる。


「一人前の証として、お前には私からプレゼントを贈ろう。受け取るがいい。お前専用の武器だ」


 ——きた。

 俺にとっての本題。

 クソみたいな食事会に出席した理由!


 ダイニングルームに、使用人の一人が箱を持ってくる。

 箱には鎖と……あれは札か? 見たとこ浄化を秘めた神聖なアイテムが貼られていた。


 非常に嫌な予感がする。


 歴戦の猛者でもある使用人が、額にびっしりと汗を滲ませながら、ゆっくり箱に巻かれた鎖を解く。

 ほどなくして、箱は開き中に納められていた物が姿を現す。


 それは——。


『ッ!』


 離れたところに浮かんでいたリリスが、息を呑むのが解った。


「近くにこい、ルカ。実際にお前が持ってみろ」

「は、はい」


 わずかに狼狽えながらも箱に近づく。


 見下ろした先には……禍々しいオーラを放つ災厄の魔剣——〝ムラマサ〟が置いてあった。

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