第10話 当主の評価
吹雪の舞うサルバトーレ公爵家所有の鉱山。
その麓にて、数名の男女が集まっていた。
うち一人は、ルカの帰りを待つ長女ノルン・サルバトーレ。
血のように赤い瞳が、まっすぐに頂上を見つめる。
「ルカが山に入って一週間。そろそろ帰ってくる頃ですわね」
話しかけたのは、背後に立つ長身の男性——ルキウス・サルバトーレ。
現サルバトーレ公爵だった。
「そうだな。果たしてルカは最年少でこの試練を突破できるのか」
「平気でしょう。あの子は強い。剣とオーラを教えたわたくしが保証します。いずれ、サルバトーレ公爵家当主の地位に就くのはルカでしょう」
「お前ではなく?」
「ふふ。わたくしの才能など、所詮は少し優れている程度。誰もルカには勝てません。あなたでさえね」
「ほう」
ぴりっ。
ノルンとルキウスの間にやや冷たい空気が流れた。
それは決して気候や気温によるものではない。近くにいた数名の使用人たちは、二人の圧に汗を掻いてしまった。
「面白い話だ。普通に考えれば、次の当主に選ばれるべきはお前だというのに」
「心にもないことを。お父様だって、ルカに期待しているのは知っていますよ」
「まあな」
ルキウスは素直にノルンの言葉を肯定する。
ルカ・サルバトーレという存在は、彼らサルバトーレ家の人間からしたら奇跡に近い。
幼少期から誰よりも強い好奇心を持ち。
幼少期から本を嗜み流暢に言葉を話した。
極めつけはオーラの覚醒。当時五歳で、誰よりも早くオーラを発現させた。
それから三年。ノルンに聞いたルカの才能は、もはや天才と呼ばれたノルンにすら測れない領域へ至っている。
ゆえに、ルキウスはまだ八歳のルカに試練を与えたのだ。
自分の期待を軽々と超えていくルカならば、きっと面白い結果を残してくれるだろう、と。
そして、とうとうその答えが現れる。
「! 旦那様」
使用人の一人が気づく。
山道のほうから何かが下りてきた。
吹雪の中から出てきたのは——巨大な熊。
否。
正確には、熊の毛皮。
中身はくり抜かれているのか、頭部以外は質量を感じさせないほど薄い。
何より、その熊の下から、見知った顔の少年が出てくる。
ルカ・サルバトーレだった。
☆
雪山でのサバイバルが始まって一週間。
熊の魔物との戦闘で負った傷を治療しながら、俺はひたすら魔物と戦い続けた。
探し、殺しては食す日々。
相変わらず右手は動かないが、度重なる処置によりだいぶ痛みはマシになった。
正直、熊の魔物とあのならず者共との戦闘を含めて、今回のサバイバルは最高だった。
できればもう一週間くらいは山に籠りたかったが、下手に死んでいる——と思われても困るし、俺は渋々山を下りる。
一応、魔物を討伐した証として、一番の獲物である熊の毛皮を持ち帰った。非常に生臭いが、これがあれば俺の立派な成果になる。
片手で運ぶには地味に重くて大変だったが。
「ルカ!」
山の麓に到着すると、俺の帰りを待っていたノルン姉さんが手を振っているのが見えた。
魔物の死体をその場に置いて、俺は姉さんの傍に歩み寄る。
「ただいま戻りました、ノルン姉さん。当主様もご一緒でしたか」
「おかえりなさい。やっぱりルカは凄いですね。最年少で試練を突破するとは。しかも、あんな大きな獲物を仕留めて」
ちらりとノルン姉さんの視線が、俺の背後に落ちている熊の魔物の死体に向いた。
「わたくしやお父様ですら、あの魔物を倒すことができたのは十歳を超えてからなのに」
「それほどでもありませんよ。少し無茶をしちゃいましたから」
「その腕?」
「はい。一撃もらってこのざまです」
「立派ですわ。片腕だけで倒したのでしょう? さすがルカ。可愛いわ~」
「むぎゅ」
ノルン姉さんに抱き締められた。
怪我した右腕を避けて器用に俺を抱き上げる。
「疲れたでしょう? 帰りはわたくしが運びます。——あなたたちはルカが倒したあの魔物を運びなさい」
「畏まりました」
ノルン姉さんの部下がわざわざ俺の手伝いをしてくれる。
くるりとノルン姉さんが反転し、正面に当主ルキウスが見えた。
お互いに見つめ合う。
先に口を開いたのはルキウスのほうだった。
「ルカ。よくサバイバルを乗り越えたな。おまけにあのような獲物まで倒すとは……ふっ」
一度ルキウスの口角が上がる。
その後、ルキウスはゆっくりと俺の傍に近づいた。
なんだ? 何かくれるのか?
そう思って身構えていると、ふいにルキウスが右手を伸ばして——俺の頭に置いた。
まさか……俺を撫でている?
珍しくルキウスが頬を緩めて笑った。
「お前は自慢の息子だ、ルカ」
「当主様……」
これにはさすがの俺も唖然とした。
てっきり何も言われない、もしくは当然のことだと言われると思っていた。
ひとしきり俺の頭を撫でたルキウスは、やがて手を離してくるりと反転する。
「ではルカも戻ったことだ、屋敷に帰るぞ」
「了解しました」
にこりと笑ってノルンが歩き出す。当然のように俺をお姫様抱っこしたまま。
恥ずかしいです姉さん……。
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