第12話 皇族主催のパーティー

 豪奢な箱の中に納められたひと振りの刀を見下ろす。


 刀身はガラスのように美しく、それでいて漆黒。柄と鍔は紫色の装飾が施されており、全体的に不気味なオーラを放っていた。


 これはゲームにも登場した災厄の魔剣〝ムラマサ〟。


 使用者を選ぶ類の非常に強力な武器だ。

 まさか俺の専用武器にこれが選ばれるとは思わなかった。

 ごくりと生唾を飲み込む。


「ルカ、お前にも解るか。このムラマサが放つオーラが」

「は、はい……」


 当主ルキウスの言葉に素直に頷く。


 魔剣ムラマサ。この刀は非常に強力な自我を持つ刀。

 同時に呪いを備え、持つに値しないと武器に判断された場合、装備した時点で呪いを受けるというクソみたいな仕様だ。


 公式設定だとこの刀を持てずに死んだ者が多くいるらしい。

 何より、武器としての性能はトップクラスだ。それがまだ残っているってことは、誰もこの刀に相応しい者がいなかったってこと。


 ルキウスも懸けだろう。

 俺がムラマサに選ばれれば、さらに力を伸ばすことができる。

 それに、この刀はリリスの故郷にあった物。


 かつて


「持てそうにないならやめておけ。今回は特別に、お前に拒否する権利をやろう」

「……いえ。問題ありません」


 俺はかぶりを振った。

 ルキウスがにやりと笑う。


「ほう。お前は自分ならこの刀が持てると?」

「ええ。俺は、こんなところでビビってる暇はありませんから」


 覚悟を決めて刀を握った。

 直後、刀から悍ましい紫色のオーラが流れ込んでくる。




『汝に問う』




 脳裏に声が響いた。

 リリスではない男の低い声。

 声は続けた。


『我を何に使う? 我を使って何を成す?』


 その問いかけに、内心で答えた。

 不思議と即答できた。


 ——強くなる。そのために使う。それ以上でもそれ以下でもない。


『強さを求めると? 多くの者を斬るのだな?』


 ——当然だ。俺は最強になる。自分より強い奴は全員敵だ。生き残り、ただ爪痕を残す。


『愉快愉快。面白い。お前みたいな人間は初めてだ』


 クツクツと謎の声が笑った。

 俺は全然笑えない。


 今も刀から流れ込んでくる不気味なオーラに気圧され、体の震えが止まらなかった。

 吐きそうな気分を必死に抑えこんでいる。


『よかろう。我を握り締めて発狂しない胆力を認め、力を貸してやる。お前の奥から感じる懐かしい力もまた、我を求めているに違いない』


 懐かしい力? リリスのことか?


 よく解らなかったが、俺を主として認めてくれるなら問題ない。

 俺はさらに強く刀を握り締め、笑った。


「——お前は俺の物だ」


 その瞬間、俺の体を覆っていたオーラが安定する。これは……オーラに呪詛まで混ざってやがるな。


 ただ刀を持っただけで俺は呪詛の概念を理解し、オーラの総量まで増加した。


 解る。

 今、この瞬間。俺はまた強くなった。


「お待たせしました、当主様。ムラマサはどうやら、俺を持ち主として認めてくれたようです」

「そ、そうか」


 ん? なんだ?

 いつもは表情をほとんど動かさない父が、珍しく驚いていた。


 まさか俺にムラマサが制御できないとでも思っていたのか? 心外だな。

 俺は最初から死ぬつもりなんて微塵もなかったっていうのに。


「よくやった、ルカ。今日からそのムラマサがお前の専用武器だ。より精進するがいい」

「畏まりました。ありがたき幸せ」


 ぺこりと頭を下げて自分の席に戻る。

 しかし、ノルン姉さんを除く他の兄姉たち、しまいには使用人たちまで俺の顔を凝視したまま固まっている。


 誰もが、伝説の武器たるムラマサに選ばれた俺を信じられないという目で見ていた。


 うん百年ぶりの使用者だからな。気持ちは解るが、馬鹿にされてる気がしてちょっとイラっとした。


 唯一まったく驚いていないのはノルン姉さんだけ。

 ドヤ顔で「ルカなら当然ですわ」と呟いていた。











 俺のムラマサ騒動により食事会は静かに終わった。


 部屋に戻った俺は、鞘からムラマサを抜いてニヤニヤと笑う。


「いやあ、まさかこんな序盤でゲームの隠し武器を入手できるとか最高かよ」


 本来ムラマサはゲームクリア後に発見できる隠し武器の一つだ。それだけに性能は恐ろしく高い。


『うぅ……! ルカから不快な臭いがするううう!』

「なんだよ不快な臭いって」

『厳密には私を傷付けたク〇みたいな臭いがするんだよ! そんなばっちい刀捨てなさい! め!』


 びし! とリリスが俺の手にあるムラマサを指差して吠える。

 当然、俺は断った。


「無理に決まってるだろ。せっかく手に入った貴重な武器だぞ」

『そんな呪われた武器なんかなくても私のオーラがあれば充分だよ!』

「はいはい。確かにリリスのオーラは凄いけど、荒神を殺すならなんでも使わないとな。お前だって復讐してほしいなら許してくれよ」


 彼女がムラマサを嫌がる理由は解るが、これがあったほうがより効率的に強くなれる。


 彼女もそれを解っているのだろう。ぶすぅ、と頬を膨らませてそれ以上は何も言わなかった。

 しかし、全身で「私は怒っています」という空気を出している。


「あぁ、楽しみだな。明日からこいつを使って沢山魔物を殺さないと。沢山殺せば殺すほど、ムラマサは強くなる。俺もまた、強くなる」


 すらりとわずかに刀身を抜く。

 明かりに照らされ、刃が怪しく煌めいた。


 できることなら、原作主人公と戦う前にムラマサの性能を体に叩き込んでおきたいな。


 あと七年。

 時間は充分にある。











 魔剣ムラマサを手に入れて一ヶ月。


 俺はひたすらノルン姉さんにオーラと剣術を教わりながら、時間を作って魔物狩りに出かけた。


 ムラマサの性能は素晴らしいの一言に尽きる。

 この刀は、斬った対象に複数の呪いを与える。おまけに斬れ味は恐ろしく鋭い。

 オーラなしでも魔物を次々に両断できた。


 だが、残念なことにムラマサの性能はこんなものではない。本来の能力は他にも幾つかあり、それを引き出すには今の俺では力量不足だとか。


 成長要素があるのはむしろ嬉しいことだがな。


 一刻も早くムラマサの能力を引き出すために、俺は一心不乱に戦い続けた。

 カムレンに「狂人が」と吐き捨てられたこともあったな。


 お前はそれでいいのか? 才能ないのに。


 と言い返したこともあった。




 そんなこんなで一ヶ月。

 俺にとっては一瞬で時間がすぎた頃。急に当主ルキウスに呼ばれた。

 何か用があるらしい。


 部屋を訪れた俺に、ルキウスは言った。


「二週間後、帝都で皇族主催のパーティーが行われる。お前も来い」


 嵐の予感がした。

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