第15話 わからせる

 魔法の名門モルガン公爵家の末っ子、ルシア・モルガンから決闘を申し込まれる。

 俺にとっては最高の展開だ。

 しかし……。


「当主様。この決闘、受けても構いませんか?」


 俺はしっかりサルバトーレ現当主ルキウスに確認を取る。

 返事は最初から決まっていた。


「当然だ。サルバトーレ公爵家の者は常勝であれ。舐められるわけにはいかない」


 それがたとえ同格のモルガンであっても、か。

 つくづく俺の父親だなあ。


 にやりと笑って視線をルシアに戻した。


「だ、そうだ。楽しませてくれよ、ルシア」

「それはこっちの台詞よ。クソガキ」


 口の悪い奴だ。


「ふふ。決まったね? じゃあこっちにどうぞー。案内するね」


 俺とルシアの様子を見て、コルネリア殿下が先導する。

 その背中を追いかけながら、どうやって彼女の力を引き出すか考えた。











 後宮の一角、訓練場と呼ばれるエリアにやってきた。

 俺とルシア以外にも、三大公爵家の当主たちは全員が集まる。イグナスも一緒だ。


 コルネリアが二人分の木剣を用意し、それぞれ剣を手にする。

 ルシアの真骨頂は魔法による遠距離攻撃だが、決して近接戦闘ができないわけじゃない。


 それに、戦いは全ての距離が混ざり合うもの。木剣を持っておいて損はないだろう。

 互いに見つめ合ったまま木剣を構える。


 中央やや離れた所にコルネリア殿下が陣取った。


「はいはーい。審判は私。頑張って面白いものを見せてね」


 そう言って早速、コルネリア殿下が合図を下す。

 振り上げられた腕が落ちて、同時に俺は地面を蹴った。


 先手必勝。

 ルシアにできるだけ全力を出してもらうため、全身にオーラをまとって彼女に迫る。


 さあ、魔法を撃ってこい!


「馬鹿ね」


 くいっと、ルシアが木剣を持っていないほうの手を軽く薙ぐ。

 直後、魔力の反応。何かが——飛んできた。

 咄嗟に木剣をオーラで包んでガードする。


 これは……!


「風の斬撃か」


 オーソドックスな攻撃だな。風だから目には見えない。威力もほどほど。申し分なかった。


「へぇ。さすがにこの程度の魔法は防げるのね。一撃で終わるかと思ってた——わ!」


 今度はルシアが地面を踏みつける。

 俺の足元が砕け、土壁がせり上がってきた。俺を上空に弾き飛ばす。


「風ときて土」

「土きて火よ」


 俺が空中に放り出されている間に、ルシアの左手が赤く光る。

 バランスボールくらいの巨大な炎の球体を作り、軽々とこちらへぶん投げた。

 視界が全て炎に包まれる。


 轟音。

 煙を撒き散らして俺は吹き飛ぶ。

 空中で体を捻り、回転を加えてから器用に地面に着地した。


 ダメージはない。が、


「服が少し焦げた……」


 ガードに使った右腕の裾が焼けている。ぱぱっと払って火を消した。


「チッ。今ので怪我すらしないなんて頑丈すぎるわよ。面倒ね」

「そうか? 俺は少し楽しくなってきたぞ」


 お前の実力はこんなもんじゃないだろ? もっとデカい一撃を見せてこい。


 再び俺は地面を蹴る。

 それに合わせてルシアも魔力を練り上げた。

 これまでで一番大きい。


「後悔しなさい。手加減している間に終わっておけばよかったってね」


 バチッ。バチバチッ‼


 ルシアの左手を起点に、周囲に青色の電気が奔った。

 齢十二歳で魔力を雷に変化させられるのか!

 思わず俺は笑みを浮かべてしまう。これは大人でもなかなかできない高等魔法だ。


 どんな威力が出る? どれくらい俺は直撃しても耐えられる? 痺れる時間は? 攻撃範囲は?

 全てが俺の興味をそそり、もはや防御する気すら失せていた。


「さよなら、若きサルバトーレ。運がよければ死なないわ」


 ルシアの体から轟音が放たれる。稲妻と化して地面を破壊しながら俺に迫った。

 それを——やっぱり防御せずに受け止める。

 視界が白く染まる。


 全身にありえないくらいの痛みが走った。肉が、骨が焼ける。

 けれど倒れるほどの威力ではなかった。なまじオーラで肉体を強化していたからこそ、俺は耐えられる。


「く、くく……!」


 ぷすぷすと煙を上げる自らの体を見る。


 皮膚は所々黒く変色していた。細胞が死んでいるのだろう。それを視界に収めて高らかに喉を鳴らす。


「ははは‼」

「な、なに? 気でも狂ったの?」


 俺の反応にルシアがびくりと肩を揺らした。

 離れた所ではモルガン公爵が、


「あの一撃を受けて笑っていられるだと⁉」


 みたいなことを呟いてた。そんな戦慄するほどのことじゃない。

 ルシアの魔法がしょぼかっただけだ。四歳も離れた俺を殺せないようじゃな。


 俺は全身に巡っているオーラを一時的に解除し、新たな力を巡らせる。

 その名は——神力。


 アーティファクト頼りにはなってしまうが、彼女もアーティファクトで魔力を底上げしている。お互い様だ。

 肉体の損傷をみるみるうちに治していった。完治させられるほどの神力は使えないが、体さえまともに動けばそれでいい。


「その力……まさか神力が使えるの⁉」

「ああ。お前はどうせ魔法だけだろ? 羨ましいか?」

「ッ! 調子に乗らないことね。そんな体じゃもう私には勝てないわよ」

「いやいや。お前の力は充分に堪能したし……そろそろ終わらせよう」


 治癒が済んだ途端、オーラを巡らせる。

 魔剣ムラマサを手に入れたことで俺のオーラ放出量は格段に増えた。制御可能なオーラの量もな。


 それを全開にして地面を蹴る。

 ルシアが反応できない速度で目の前に現れてやった。


「!」


 辛うじてルシアの視線が俺に落ちた。しかし、体は動かない。

 否。

 彼女が反撃の体勢を整える前に、俺の拳が——彼女の腹部を抉る。


「がはっ⁉」


 手加減したが弱すぎる。ちょっと小突いただけでルシアは吹き飛んだ。

 地面をバウンドしながら背後の壁に激突する。


 後宮内はアーティファクトの効果で強度が高められているから簡単には壊れなかった。

 口元から血を流し、苦しそうにしているルシアに歩み寄る。


 まだ、終わっていない。


「さて、次は腕の一本でも折って——」

「そこまでだ」


 ぴくっ。

 木剣を構えかけた俺の動きが止まる。

 隣からモルガン公爵の声が聞こえてきた。


 ちらりとそちらへ視線を送ると、モルガン公爵がブチギレている。

 大事な娘が傷物にされて悔しいのかな? お前の教育が悪いからこういう目に遭うんだよ。


 かといって、これ以上やっても俺には利がない。

 さすがにモルガン公爵を敵に回したら負けるからな。


「はいはい。殺さないから殺気を消してくれませんか?」

「……ふんっ」


 素直にモルガン公爵は殺気を消した。

 あわやモルガンとサルバトーレで戦争だったな。

 その場合、確実に勝つのはサルバトーレだが。




「ルカ——!」

「おっと」


 急に後ろから大きな声を出してコルネリア殿下が抱き付いてきた。

 今の俺は焦げ臭いぞ?

 そう思いながら視線を背後に向ける。


 彼女はやたら嬉しそうな表情を浮かべて言った。


「やっと見つけた……私の運命の人♡」


 ……はい?

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