第29話 仲良くしなさい
俺は悪魔を手に入れた。
突発的なイベントではあったが、タイミングよく呪詛の使い手である悪魔と契約を果たし、自らの力を強めることができた。
元々悪魔とは契約しようと思っていたが、イラリオのおかげでだいぶ前倒しに計画が進んだな。
今も、自室に戻った俺の目の前でアスタロトがリリスと話している。
「へぇ、リリスさんは荒神だったんですね。通りで珍しいオーラをまとっているはずです」
「ふんっ。悪魔と一緒に行動することになるとは思ってもいなかったわ。正直、空気が悪い」
「ふふ。そんなこと言わないでくださいよ。私もアナタもルカ様の忠実な下僕なんですから」
「アンタと一緒にしないでくれる⁉ 私はルカと対等な条件で契約したんだから!」
「あら、そうだったんですか? でも、隷属契約も悪くありませんよ。ルカ様のことが好きで好きでたまりませんもの」
「それのどこがいいって言うのよ⁉ アンタ気持ち悪いわよ!」
「酷いです……しくしく。ルカ様、傷付いた私を慰めてください。ぐふふ」
そう言ってアスタロトが俺の体に抱き付いてくる。
豊かな胸がぐにゃりと形をかけて俺の腕を包んだ。
ふむ、悪くない。
「あんまり喧嘩しないでくれ。これからは一応仲間なんだ」
「私はリリスさんに歩み寄ってますよ。ただ、リリスさんは私のことが気に食わないようです」
「だそうだ、リリス」
「私のせいにしないでよ! 神と悪魔は仲が悪いって常識でしょ⁉」
「リリスさん、別に益を与えるような神様じゃないでしょ? 悪魔と似たようなものじゃないですか」
「一緒にするな!」
があああ! とリリスがキレる。
彼女の気持ちも解らなくはない。俺も悪魔という単語にはあまりいい記憶がない。
先入観でものは語りたくないが、どうしてもマイナスイメージばかりが脳裏をよぎる。
接してみた感じ、隷属する分には普通の女の子だ。
……ちょっと頭はアレだが。
「私はコイツと仲良くする気はないわ! でも、ルカのために喧嘩はしないであげる」
「ありがとう、リリス。それで充分だよ」
積極的に仲良くしろって言いたいわけでもない。うるさくしないならなんでもよかった。
ちらりと視線を手元の本に戻す。
これはイラリオが借りていた呪詛に関する本だ。彼と別れる際、しれっと奪ってきた。
「ルカ様」
「ん? なんだ」
「その本、呪詛に関係した書物のようですね」
「ああ。せっかくだし、少しだけ勉強しようかな、と。もう魔力も結構使ったからな」
自然回復を待つ間の勉強だ。
「それでしたら、私に質問してください。人間が書き記す程度の内容でしたらお答えできるかと」
「へぇ、便利だな」
悪魔にそんな使い方があるなんて思わなかった。けど、よくよく考えたら生きる知識そのものだな。
パタンと本を閉じて彼女に直接話を訊くことにした。
「じゃあ質問するよ。呪詛の中には対象を呪い殺すものがあるよな? あれって——」
そこから先は、二、三時間ほどアスタロトに質問を飛ばし続けた。
ある程度オーラも魔力も回復すると、操作や制御訓練に移る。
もちろん強化魔法の訓練もだ。
初めて見る強化魔法に、アスタロトはドン引きしていた。それで怪我をしたら、「自分にも撃ってほしい。死なない程度に」とか言い出して普通に断った。
やべぇ奴が仲間になったもんだ。
☆
「うん? なんだ……ムラマサが……」
訓練を終えたその日の夜。
後は寝るだけ。ベッドに転がる前にムラマサの手入れをしようとしたら、不思議な感覚が全身を巡った。
直感的に理解する。
「——進化した?」
厳密には能力の一部が解放されている。
おそらく最高位悪魔アスタロトと契約をした成果だろう。
彼女から流れ込んできた呪力が、ムラマサの封印を一つ解いた。
それも、初っ端から面白い能力だ。
「なるほど。ムラマサには呪詛そのものが籠められているのか」
解放された能力は——呪い。
斬った対象に複数の呪いを付与する凶悪な力だ。
即死ほどの効果はないが、かすり傷でも厄介な呪いが付与される。実に頼もしい。
「いいね。そろそろ最初のイベントが始まる頃だ。俺の予想だと、高確率で戦闘に発展する。その時、試し斬りができるといいなぁ」
クツクツと喉を鳴らしながら、ムラマサを抜き放つ。
やや紫がかった刀身を眺めながら、俺はうっとりした。
なぜかリリスにドン引きされる。
☆
人々が寝静まった夜。
薄暗い洞窟の中に集まった黒ずくめたちを前に、無精髭の男が言った。
「野郎共……祭の時間だ!」
「うおおおおおお!」
男の言葉に合わせて仲間たちが声高らかに叫ぶ。
びりびりと洞窟内の空気が震えた。その喝采にも似た叫びを受けて、バンダナを巻いた男はさらに続ける。
「次の目標は王都にある王立学院。そこに眠っているアイテム——お宝を盗みだすぞ!」
「殺しは⁉ 殺しはいいのかい、ボス⁉」
「ああ。やりたい放題やれ。邪魔する奴は全員殺せばいい。ただし、一人だけ殺したい奴がいる」
「ターゲット?」
「そうだ。名前はルカ・サルバトーレ。やったなぁ、てめぇら。あの名門サルバトーレ公爵家の人間だぜ!」
「うおおおおおお!」
男たちの興奮はマックスまで高まった。もはや誰の目にも殺意が宿っている。
それを確認し、改めて最後に男は告げた。
「楽しめ! 殺せ! 奪え! それが俺らの未来に繋がる! 目当てのお宝を奪えば、さらに多くの人間が殺せるぜ!」
もはや洞窟内はお祭りムードだった。
彼らの目には、明確な殺しへの欲求しかない。
新たな刺客が、ルカたちに迫ろうとしていた——。
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