第5話-1

 光は中央神殿や【神樹】に留まらず、建物を越え、外へと外へと伝っていく。

 なにが起きたか気づく間もなく、大門のそばに集まっていた民衆や、探索していた騎士たちをも呑み込んだ。


「え、なんだ? 身体が軽い……?」

「怪我が癒えていく……?」


 聖女と聖職者の救出にあたっていた騎士たちが、突如身体を包み込んだあたたかな空気に驚いてきょろきょろと周りを見回す。

 ぐったりしていた聖女たちも、光を浴びると急に身体が回復して、驚いた様子で顔を見合わせた。


「見て、水路に水が……!」


 聖女の一人が歓喜の面持ちで、床にめぐらされていた水路に飛びつく。

 【神樹しんじゅ】の根元からあふれる清らかな水は、ここ数日でめっきり減ってしまった。ほとんど流れていなかったというのに、今やあふれるほどの量が流れ出ていっている。

 聖女や聖職者は歓声を上げて喜び、お互い抱き合って涙を流した。


 門の前にたむろしていた人々も、腹痛をはじめとする不調があっという間になくなるのを感じてきつねにつままれた顔になる。


 そして彼らは一様に、【神樹】がきらきらと輝きだしたことに気づいて、目を見開いた。


「【神樹】が……!」

「黒ずんでいたところがきれいになっていないか?」

「葉っぱも落ちなくなった……!」


 そうして人々が異変に気づき、歓声を上げていた頃――礼拝室には断末魔だんまつまの悲鳴が響き渡っていた。




『ギャアアアア――ッ! ア、アァアア……! こ、小娘、なにを……なにをしたぁあああ!!』


 響き渡るその声は、ボランゾンの声と二重になって聞こえてきた魔術師のものだ。今は魔術師の声だけが聞こえてくる。


 魔術師は癒やしの力によりボランゾンの身体から引きはがされ、赤黒い魂だけになって宙をさまよっていた。


 どこへ行こうにも周囲を真っ白な光が取り巻いているため、少し動くだけで灼熱しゃくねつの痛みが身体を走る。動かなくても同じく痛む。地獄の苦しみにのたうち回っていた。


 杖を構え続けるミーティアは、見るも醜悪しゅうあくなその魂を、きつくにらみつける。


「なるほどね。魔術師は聖女の癒やしの力に弱い、と。これはいい後学になったわ」

『貴様ぁ……!』


 赤黒い魂が最後のあがきとばかりに、鋭いきりのように全身をとがらせ突っ込んでくる。


 しかしミーティアの身体にふれた途端に、それはまた『ギャアアアア!』と耐えがたい悲鳴を上げた。


「無駄よ。おとなしく魂ごと浄化されるがいい……!」


 ミーティアは絶対に逃がさないという強い意志で、癒やしの力を存分に魔術師にぶつけていく。


 だがあまりに力を流し込みすぎたのか、手の中の杖がぶるぶると不自然な震え方をして――先端にまっていた宝石が、パキンと小さな音とともに砕け散った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る