第1話-2

 魔鳩マバト、という名前がついている巨大な鳥なのだが、体毛は黒っぽく、目も黒い。形ははと、毛並みはカラスに似ている鳥であった。


「こんなに大きい鳥がいるのー?」

「はじめて見た。でっけぇ!」


 子供たちが興奮して叫ぶ。ミーティアは風に舞い上がる髪を押さえながら説明した。


「あれは魔鳩と言ってね、もとは魔物だった種族の鳥なのよ」

「えっ、魔物!?」


 集まっていた子供たちがぎょっとした声を上げた。


「そうなの。今から約二百年前、人間が手なずけた上で繁殖に成功した、唯一の魔物なの。とっても力持ちな上、馬でも運べないようなたくさんの荷物を、空を飛ぶことですぐに届けてくれるのよ」

「へぇ、すごーい……!」


 ミーティアの説明に子供たちが目をきらきらさせる。素直な反応を可愛らしいと思う一方、魔鳩の使役や管理はそれなりに大変なのよね……と胸中で独りごちた。


 人間の言うことを聞くとは言っても、魔鳩自身が気に入った人間が言わなければなんの指示も通らないし、本物の鳩よろしく方向感覚を仕込むのも、それなりに大仕事なのだ。

 一番大変なのは食事だ。なにせあの大きさなので、一回の食事には牛三頭分か豚十頭分の肉が必要になる。それを一日二回、長距離を飛んだあとはさらにもう一回用意しないといけないのだ。


 そのため飼育する数にも限界がある。この魔鳩はかなり大きいほうだから、もはや国境を越えて外国までの輸送に使役するタイプのものだろう。


(それにしても、乗り手がいない魔鳩はめずらしいわね。だいたい騎手がいるものだけど)


 経験豊富そうな大きな魔鳩だから、乗り手がいなくても的確に目的地まで飛べるのかもしれないが。現に飼われている中央神殿からここまで、迷わずにきたわけだし。


 魔鳩が羽ばたくのをやめておとなしくなったところで、騎士たちがすぐにその背にくくりつけられている荷物をほどきに向かった。


「保存食料と、新しい剣と槍、それと聖女様が護符を書くための紙も入っています!」


 衣装棚ほどの大きさの荷箱を降ろした騎士のひとりがそう叫ぶ。ほかの騎士たちから歓声が上がった。


「新しい武器は久々だなぁ!」

「今持っているのは魔物の毒でびついて、切れ味ゼロのただの鈍器になっていたからな」

「お、食料の中に蜂蜜はちみつを練って固めたあめも入っているぞ!」

「おお~!」


 めったにない甘味の登場に、騎士たちの興奮も上がりっぱなしだ。

 子供たちを制して騎士たちに近づいたミーティアは、箱の中身をのぞき込んで(ずいぶんいいものを送ってきたわね)と驚いた。


(わたしとリオネルの連名で、物資支援の手紙を中央神殿に送ったのは五日か六日前くらい……。辻馬車を飛ばせばここから中央までは五日くらいで行けるから、この支援物資はわたくしたちの手紙を読んだ誰かが、急いで用意して魔鳩にくくりつけて送ってくれたということになるわ)


 首席聖女として働いていた頃ならまだしも、今や地方神殿所属となった……要は都落ちした自分に対し、これほど手厚い支援を送ってもらえるとは、正直思っていなかった。


(ということは、わたくしというよりリオネルの威光が働いたのかしら?)


 強化人間である彼の身体能力、それに伴う戦闘力は確かに強大なものだ。


(それに……)


 ちら、と少し離れたところにいるリオネルを見やって、ミーティアは考え込む。リオネルは新しく入ってきた武器を真剣な表情で検分していた。


(言葉遣いこそ悪いけど、リオネルって育ちがかなりよさそうな気がするのよね……)


 数日前にシチューをともに食べたときのことを思い出す。そのときのリオネルは姿勢がピンと伸びていて、食器の音を立てることもなく、優雅に食事を進めていたのだ。

 王国騎士を志願する者には、貴族の次男や三男も多いのだ。リオネルもおそらく、貴族かそれに準じる家の出身だろうと思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る