第3話-1

 翌朝、ミーティアは「よく寝た」というていを装って目を覚ました。

 前日の夜に再びリオネルと話し合い、とりあえず翌朝、普通に目覚めて女官に発見されるのがいいという結論にもとづいての行動である。


 世話をしてくれていた女官たちは大喜びで、すぐに方々ほうぼうに報せに走った。


 あちこちでミーティアの目覚めを待っているという話は本当だったらしい。神殿のみならず、なんと国王や王妃まで見舞いの言葉を寄越してきた。


 そうして一日様子を見て、翌日は書記官や聖職者にあれこれ聞き込みをされて、翌々日にようやく王城の貴賓室を出て散歩することが許可された。


 その日の夜には、国王主催の晩餐会ばんさんかいに呼ばれることになった。


「中央神殿が改装中のため、聖女殿には王城にて療養していただいたが、暮らしに不自由はないか? 女官の数は足りているだろうか?」


 立派なマントを身につけた国王陛下は、席に着いたミーティアに気さくに話しかけてくださった。


「お気遣いいただきありがとうございます、国王陛下。女官をはじめ王城の皆様には大変よくしていただき、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」


 ミーティアは首席聖女時代の完璧な猫かぶりでほほ笑んで見せた。


「晩餐にあたりドレスも用意してくださり、大変嬉しゅうございます」

「うふふ、わたくしが選んだドレスなの。我が家は王子二人で、娘を着飾らせる楽しみにはついぞ恵まれなかったわ。夢が叶ったようでとても嬉しくてよ」


 楽しげに答えたのは王妃殿下だ。その隣で、王太子殿下が「うちも息子が一人ですからね」と苦笑している。


 ミーティアは笑顔でうなずきながらも「この王太子、どこかで見たことがあるような……」ともやもやしていた。王族にお目にかかったのはこれがはじめてだけに、いったいどこで見たのだろう?


 内心で首をかしげている中、国王は「下の息子はまだこないのか」と少しいらだたしげにつぶやいていた。


「神聖国を救った聖女殿を待たせるなど、無礼にもほどがあるというのに」

「本当にねぇ」


 王妃もぷりぷりしている。

 と、うわさをすればという奴なのか。晩餐室の扉がノックされて、取り次ぎの女官が入ってきた。


「第二王子殿下のご到着です」

「遅い。まったく。すぐに通しなさい」


 国王が即座にうなずく。

 扉係が、見上げるほど大きな扉を左右にうやうやしく開いた。

 そちらを見やったミーティアは、思わずあんぐりと口を開ける。


 入ってきたのは、王太子と同じようなきらきらとした衣服に身を包み、ダークブラウンの髪をきれいになでつけた、リオネルだったのだ。


「リオネッ……!?」


 ミーティアは思わず立ち上がりかける。

 彼女の反応を見て、国王も王妃も目を丸くしていた。


「なんとまぁ、おまえが王子であると聖女殿に言っていなかったのか、リオネル! そなた、北の地方で聖女殿とずっと行動を共にしておったのだろう?」

「そうですが、そのときはあくまで騎士隊長として一緒だったわけで。王子なんて大層な肩書きはむしろ邪魔でしょう?」


 リオネルは澄ました顔で入ってくると、給仕の案内を待たず、自分で椅子を引いてミーティアの隣に座った。


 ミーティアはまじまじとリオネルの格好を見てしまう。


「なんだよ。馬子まごにも衣装だろう?」

「……いいえ、とても似合っているけれど……」


 似合っているが、違和感がすごい。騎士服しか見たことがなかっただけになおさらだ。髪だって、下手したら寝癖がそのままであることもあったのに。


「言わなくて悪かったよ。驚かせるつもりはなかった。ただ……タイミングが掴めなくて」


 リオネルが至極気まずそうに明後日のほうを向く。


「……まぁ、そうよね。でも、いろいろ納得したわ」


 王城に滞在中、女官たちがやけにリオネルにうやうやしく接しているなと不思議に思っていたのだ。

 この神聖国でもっとも位の高いボランゾンですら、一介の騎士でしかない彼を「リオネル殿」と呼んでいた。その身分が王子というなら、納得である。

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