第2話-4

「とはいえ、魔術師に身体を乗っ取られるなど、筆頭聖職者としてあるまじき失態。被害の大きさを思えば一生涯投獄とうごくされてもおかしくない身の上じゃ。この上は筆頭聖職者の職を辞そうと思っておる」


 重々しく告げるボランゾンに、さもありなん、とリオネルとミーティアはうなずいた。


「下手に職にしがみついても、好奇の目で見られるのは必至ひっしだろうからな」

「お年もお年ですし、隠居されてもおかしくありませんしね」

「そうそう。実際、筆頭聖職者って雑務が多すぎて大変だし。六十五も過ぎた老人が勤めるには過重労働に過ぎる」


 ボランゾンはここぞとばかりに主張した。


「今は神殿もバタバタしているが、落ち着き次第、後任を指名するつもりじゃ。そのときミーティアのことも首席聖女に戻すよう推薦する。こちらは満場一致で受け入れられるじゃろう」

「だな。『救国の聖女』なんて肩書きがなくても、ミーティアが規格外なのは間違いないし」


 リオネルも理解を示した。

 話が途切れたところで、また扉がノックされる。ミーティアはすぐに寝たふりを決め込んだ。


「リオネル様、申し訳ありません。そろそろ夕食の時間になります」

「ああ、そうか。じゃあ、おれはそろそろ行きます。ボランゾン殿は、もうちょっとゆっくりしていってください。人払いはしておきますので」

「む、すまんの」

「じゃあ、ミーティア、食事が終わったらまたくるから」


 リオネルの言葉に、ミーティアは毛布の下から手を出しひらひらと振った。


 リオネルがみずから扉を開けて出て行くと、部屋にはボランゾンとふたりきりになる。

 身体を起こしたミーティアは、ボランゾンに向け深々と頭を下げた。


「ボランゾン様の意図に気づけず、ハゲだの馬鹿だの言ってしまって申し訳ありませんでした」

「……うん、あれ、さすがにちょっと傷ついたぞ」

「本当に申し訳ありません」

「……じゃが、そなたの怒りは当然じゃからな。わたしの阿呆な演技もそこそこ上手かったじゃろう?」

「ええ。完全に騙されましたもの。おそらくわたくしだけでなく、あそこにいた全員が」

「そなたの猫っかぶりも、そうとうのものじゃったが」

「いい演技でしたでしょう?」


 ミーティアがにこりとほほ笑むと、ボランゾンはわずかに目を見開き、それから苦笑した。


「そなたには敵わんな。……して、ミーティアよ」


 ふと真面目な面持ちになって、ボランゾンは少し前屈みの姿勢になった。


「もう気づいていると思うが、わしは『見える』力が強い聖職者じゃ。そなたのことははじめて顔を合わせた瞬間には、『神託しんたく』持ちの『救国の聖女』であるということがわかっとった」

「……はい」

「だが『救国の聖女』が持つ宿命はいずれも重たいものじゃ。この神聖国の危機に女神様が遣わされる聖女のことじゃが、だいたいが過酷な運命を背負わされておる」


 それこそ、ミーティアがしたように大いなる癒やしの力で国民全員を癒やした聖女もいれば、天災で倒れた家々を瞬時に直したり、蝗害こうがいで荒れ果てた田畑をすべて元通りにした聖女もいるらしい。


 いずれも尋常ならざる力だ。そして『救国の聖女』にまつわる記録には、ある共通点がある。


「実際に力を振るって奇跡を起こしたのちの記録が、さっぱり存在しないのだ。救国のあとどうなったのかが、誰もわからんのじゃ」

「それは……たとえば、力を使い果たして亡くなった可能性もあったり……?」

「ないとは言い切れぬ。じゃが……おそらくそなた、新たな『神託』を受けたのではないか? なんとなくそう『見える』んじゃが……」


 ミーティアはうなずいた。


「『心のままに』と」

「――なるほど。そうであれば、その通りにすればよいじゃろう。そなたは『救国の聖女』としての本分を果たし終えた。あとは、それこそ心のままに、自由にすればよいのじゃ」


 ボランゾンは優しくほほ笑む。それは祖父が孫に向けるような温かい笑みだった。


「案外、過去の『救国の聖女』たちも、そのようにしたのかもしれん。記録が残っていないのは、それぞれ新たな道を歩み出したという意味なのかもしれんな」

「……そう前向きに受け取っておきます」


 ボランゾンはうんうんとうなずいた。


「さて、暗くなってきたな。あまり若い娘の部屋にいるのはよくないだろう。本来ならそなたの目覚めを知らせたいところじゃが……そのあたりもリオネル様に任せたほうがいいじゃろうな」


 ボランゾンはよいしょと立ち上がった。


「では、達者でな。わしのことまで助けてくれて、ありがとう」

「助けたのはあくまで女神様のお力ですから」

「じゃが『助ける』と決めたのはそなたであろう? それならば、やはりそなたに対し『ありがとう』じゃ」


 ボランゾンは深々と頭を下げると「身体を大事にな」と言って帰っていった。

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