第2話-3

「――いや、不安になるまで三年はかかりすぎだろう!」

「いやぁ、でもぉ、もう年も年だからぁ~、単にボケただけなのかなぁと思ってのぅ」


 ボランゾンが両手の指をちょんちょんしながら、いいわけがましくつぶやく。

 リオネルもミーティアも「あぁ……」と目をわらせてしまうが、そういう結論に達してしまうのもしかたないかなとも思えた。


 ボランゾンの年齢を考えれば、多少なりとそういった症状が出てもおかしくはないのだ。本人も周囲も「年だからね~!」と、問題視しなかったであろうことは容易よういに想像ができた。


「なんでもかんでも年のせいにしちゃ駄目だな」

「今回の一番の教訓ね」


 リオネルもミーティアも神妙な顔でうなずいた。


「それでも、あまりにひどい状態なのでな。筆頭聖職者の任を降りようと思うたことは数知れず、その手続きに向かったことも数知れずなのじゃ。それなのに、気づいたらそれらの手続きは、きれいさっぱりなかったことにされていた。さすがにこれはおかしいと思ってな」


 自分に起こっていることについて片っ端から調べ、旧知のロードバンにも手紙を出したが、いずれも埒が明かない。


 そうこうしているうち、自分が自分としての人格や記憶を保っている時間も少なくなることに気づいて、ようやくただ事ではないと身震いしたそうだ。


「おまけに自我を失っているときのわしは、首席聖女となったミーティアに過重労働を押しつけていた。そなたがほとんど眠れず、怪我人の治癒に奔走ほんそうしているのを知って、何度も休ませろと命じたはずなのじゃ」

「そうだったのですか? むしろ国のために働いた騎士たちに敬意を表し、休まず癒やせとの伝言を預かったことのほうが数知れずでしたが……」

「そうじゃろう? わしが言ったことと真逆の命令が下されておった。このままじゃそなたが過労で倒れるのは目に見えておった。それに」


 一回ためらってから、ボランゾンははっきり告げた。


「ミーティア、そなたは『神託しんたく』を受けた特別な聖女――我が国に数百年に一度現れるという『救国の聖女』であったじゃろう?」

「みたいですね」

「わしは考えたのじゃ。なぜこの時代に『救国の聖女』が現れたのか。それはきっとわし自身に起きている異変と無関係ではないであろうとな」


 そのため、ボランゾンはまずミーティアを中央神殿――つまり、自分の目の届く範囲から逃がすことを画策かくさくした。

 自我を失っているあいだの自分がなにをしているのか、まったく見当がつかないのだ。その上でミーティアを害されたらたまらないと思い、彼女を追放という形で一時的に中央から逃がそうとしたのだという。


「ではやっぱり、あの試験はわたくしを逃がすためだけに行ったものだったのですね」

「そなたには悪いことをした。そしてグロリオーサにも。あの子も優秀な聖女なのに、試験をすることで、ミーティアより劣っていることがはっきりしてしまった。プライドの高い子ゆえ、あのような形で注目されるのも本意ではなかっただろうになぁ」


 ボランゾンがしゅんと肩を落として反省する。


 だがミーティアとしては、ボランゾンが意外と聖女のことを気にかけていたことを知って、感心する思いだった。


「だが、わしの意識もそこまでだったな。ミーティアが地方へ出発したと聞いたことは覚えているが、それで安心したのか……そこからの記憶はいっさいない。気づいたら王城の地下牢に寝かされておったよ」

「今はもう釈放しゃくほうされたのですね? ここにこうしていらっしゃるということは」

「うむ。魔術師が取り憑いていて、わし自身は無罪だと、ほかならぬリオネル殿が証言してくださったと聞いた。その礼にもうかがわなければと思っておったところじゃ」


 ボランゾンの言葉にリオネルは「たいしたことはしていない」と首を横に振った。


「礼ならミーティアにするべきだ。彼女の癒やしの力で、あんたに取り憑いた魔術師は引きはがされたし、怪我したところもすっかり治ったしな」

「む? わしは怪我をしておったのか?」

「あー……。なんならおれが、この剣で心臓を刺し貫いて、息の根を止めた」

「……」


 さすがに押し黙ったボランゾンだが、それはそれ、これはこれ、今は生きているし……と思ったらしく「まぁ魔術師退治が叶ったのだから、よかったよかった」と乾いた笑いを漏らした。

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