第3話-1

 気がついたときには、もう夜遅くになっていた。いつの間にか地方第五神殿にたどり着いたのだろう。騎士たちはそれぞれ床で雑魚寝ざこねをしていて、火の晩をしていた副隊長セギンが「ふわぁ」とあくびをしていた。


「あ、聖女様、目が覚めましたか。ひどい熱でしたけど、今はどうです?」

「ええ、なんとか……」


 起き上がりながら、ミーティアは眉間みけんのあたりを指で押さえる。

 性懲しょうこりもなく例の悪夢をまた見てしまって、体調はとにかく精神的には最悪の気分だった。


「水を用意しますね。ちょっと待っててください。――あ、隊長、お帰りなさい」


 ふとセギンが声をかけた方向を見ると、リオネルが崩れた玄関から入ってくるところだった。


「お、ミーティア、起きたか。――セギン、水の用意が終わったら寝ていいぞ。次の交代の時間までおれが起きてる」

「では、お言葉に甘えて」


 セギンはミーティアに水を渡すと「じゃあ隊長、聖女様、おやすみなさい」と挨拶して、毛布を手に奥へと歩いて行った。


「……リオネルは外に出ていたの?」

「ああ、見回り。護符のおかげで静かなもんだ」


 ミーティアの隣にどかっと座ったリオネルは、さすがに疲れた様子でえりそでを緩めはじめた。


「ちょっと、聖女の前で脱がないでよね」

「脱ぐか。それくらいの分別はおれも持ってるっつーの。……それより、無理させて悪かったな。広範囲に結界を張れとか、それを動かせとか。大変だっただろう?」

「わかっていてもやらせたでしょう?」

「そりゃあ、な。おまえが結界を張ってくれれば騎士は後方を気にせず戦える。おかげで今日の戦闘は恐ろしくスムーズだった。いつもこうならいいのにな」


 リオネル自身も荷物からワインを引っぱり出して、それをぐいっとあおった。


「とはいえ、今回ほどの結界を張ってもらうことはもうないだろう。国境沿いに護符を貼ることができたから、もう魔物も国境を侵すどころか、近づいてくることもできない」

「そうね」


 ――国境用に書いていた護符は、大きさがかなりある強力なタイプのものだ。

 この神殿に貼ってあるものや街の民家に提供したものより、ずっと強い力を込めて書いてある。それだけに、魔物もなかなか近寄れないのだ。


 騎士たちに持たせているのは防護のための小さなものだから、魔物の攻撃は避けられても、接近までは許せてしまう。

 だが、彼らは魔物退治専門の騎士なのだ。魔物が避けてしまうようでは逆に困るので、あえて護符を小さくして、守りは強くしても接近は許す程度にしておくのだ。

 その書き分けができるのも、ミーティアの強みの一つであった。


「明日からは【くい】の様子を確認しに行くが、体調はどうだ? 熱はなさそうだが」

「大丈夫よ、問題ないわ」

「その割にまたうなされていたけどな」

「えっ」


 ミーティアはどきっと身をこわばらせる。

 しかしリオネルは「図星か」と、してやったりという笑みを浮かべた。


「ど、どういうこと……?」

「街で倒れたときのおまえは寝ているあいだ、うなされていたからさ。今日も同じじゃないかと思ってカマをかけてみた」

「……悪趣味だわ」


 思わず頬をふくらませるミーティアに「おまえがうなされているのが悪い」と、リオネルはあっさり言い返した。

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