第3話-2

「確かに、おとぎ話みたいな話だな」

「実際には中央神殿のエリート聖女が結託けったくして、人々を癒やして回ったという話だと思うの。それを神殿が【神の恩寵おんちょう】の力をより神聖化させるため、わざと『一人の聖女が国を救った』という話にすり替えたんだと、わたしはずっと考えていたわ。でも……」


 チューリはかすかに眉を寄せる。


「ミーティア様を見ていると『一人の聖女が国を救った』というのも、あながち誇張ではない気がしてくるの。実際、ミーティア様はお一人で、しかもたった一日のうちに、三桁の人間を癒やしたことがあるのでしょう?」

「ああ」

「普通はそんなことはできないのよ。どんなに力を持つ聖女でも、十人も診れば目を回して倒れてしまう。だから街の全員を診ようと思ったら、せいぜい痛みを取りのぞくとか、これ以上化膿かのうしないようにするとか、その程度にしておかないと、こっちの身体がとても保たないの」


 地方にやってきてからのチューリは、まさにそうやって街の人々を診てきたのだろう。「それでさえ、全員を癒やし終わる頃には動けなくなるものよ」とつけ足した。


「だから、もしかしたらミーティア様は、二百年に一人の天才という以上に、救国のための特別な力を授かった存在なのかもしれないわ」

「救国の力、か……」

「でもそれはつまり、この神聖国が滅亡の危機にあるということと背中合わせだと思うの。そう考えれば、力の強い聖女の存在は喜ばしいことばかりではないわ」


 チューリは自らをいましめるように口元を引き締めた。


「救国の力って、最初から備わっているものなのか? 生まれたときから?」

「さぁ、そのあたりはわからないわ。聖女と一口に言ってもいろいろなの。赤ん坊の頃から不思議な力があって、親が神殿に問いあわせたことで【神の恩寵】持ちだとわかることもあれば、ずっとなにもなかったのにいきなり力が開花する場合もある。わたしは後者だったわ。十歳の頃のことだった」


 チューリの場合、世話していた猫がカラスに襲われ怪我をしてしまったのを、なんとかしたい一心で、聖女を真似て『治れ』と念じたのだという。そしたら本当に治ってしまって、仰天した両親に連れられ神殿を訪ねたのだそうだ。


「そこからは聖女としての修行の日々だったわ。同じように突然力が開花する子たちは、だいたい十歳くらいで神殿にやってくるわね」

「ミーティアが神殿で修行をはじめたのも、確か八年前だと言っていたな」


 今のミーティアは十代の後半だ。八年前というなら、当時は十歳かそこいらの年齢だったことだろう。


(それに、ミーティアがうなされていた夢も気になる……)


 これまではうなされながら『わかっているから』などと言っていた彼女だが、今回はうなされるという域を超えて、はっきり苦しんでいた。やめて、怖いとわめき、揺さぶってもすぐには起きなかったのだ。


 これまでも騎士として、痛みや苦しみでわめく同僚や民を多く見てきたリオネルだが、その彼でさえ少々きもが冷えたほど、ひどい苦しみ方だった。


(ミーティアが見る悪夢も、彼女が持つ多大な力に関係しているのか……?)


 口元に手をやって考えはじめたときだ。


「ほほほ~い! ここにいるかい、隊長さん?」


 陽気な声とともに扉がバンッと開いて、リオネルの半分くらいの身長しかない老人が入ってきた。


「あ、えーと、こちらの神殿長の……?」

「ロードバン様よ」


 リオネルの「誰だっけ?」という視線での疑問に、チューリがすぐに答えた。


「ロードバン殿、こんなに遅くにどうされた? ……っていうか、魔物から出てきたあの妙な玉、あんたが持っていったんだっけか?」


 リオネルがジト目で尋ねると、ロードバンは「まさに今ここに」と言って、ふところから玉を取り出した。


 昼間倒した巨大魔物の喉から飛び出したものだ。これが身体から離れた途端に魔物は通常の大きさに戻ったから、絶対になにか仕掛けがあるのだろうと思って持ってきたのだ。


 そして、街を追い出され、この地方第四神殿にぜえはあ言いながらたどり着き、事情を説明したら、なんとこの神殿長は玉をかすめ取って、図書室へもってしまったのである。


『ロードバン様は中央にいた頃から研究が生きがいの方なのよ。あの玉についてもなにかわかるかもしれないわ』


 とチューリが取りなしたのでひとまず預けていたが、どうやら返す気になったらしい。彼は「もういらないから」と玉をあっさりリオネルに渡した。

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