第1話-2

「ゆっくり飛んでくれ。地上の様子を見たい……おいおいおい、どうなってるんだよ、いったい」


 ゆっくり羽ばたいて浮遊する魔鳩マバトの背から、ミーティアとリオネルは首を伸ばして地上を見やる。

 北の大門前は大きな広場になっているが、そこがすべて埋まってしまうほど、大勢の人間がひしめいていた。


「聖女を出せー! 怪我人と病人が大勢いるんだぞ!」

「うちの子が昨日からお腹が痛いって言っているのよ! 早くなんとかして!」

下痢げりが止まらねぇんだ! 早く診てくれよぉ!」


 大勢の人間が門に殺到さっとうし叫んでいるが、いつでも開かれているはずの大門はまったく開く気配がない。

 叫んでいる人々はまだいいほうだ。門から離れたところに行くに連れ、力尽きたであろう人々がぐったりと倒れている。生きているかどうかわからない者の姿もちらほら見えた。


「どういうことだ? 門が閉まっているなんて。いくら怪我した騎士が優先とは言え、一般の民だって金を払えば治癒は受けられるはずだろう?」


 リオネルもあっけにとられた様子でつぶやく。


「そのはずだけど……」


 ミーティアはうなずくが、現在の神殿がそうでないことは一目瞭然いちもくりょうぜんだけに、どうしても歯切れの悪い返事になる。


「しかし……王都の人間、みんな出てきちゃってるんじゃないですかね、これ」

「ああ。街のほうは全然人気がねぇし、風車も水車も止まってやがる。煙突から煙も上がってねぇし……どういうことだ?」


 周囲を見渡していたヨークとロイジャも、揃って疑問を口にした。

 確かに、街全体が活動をしている様子がない。活動できる人間は全員が門の前に集まって、声を荒らげているという感じだ。


 一箇所、明らかにほかと様子が違っていたのは南門だ。この南門からまっすぐ伸びる道の向こうには、きらびやかな王城がある。


 そして南門には民衆ではなく、武装した王国騎士が勢揃いしていた。

 彼らは弓矢を神殿に放ち、火までつけようとしている。中には太い丸太を十人がかりで持って、門に突進している騎士たちもいた。


 それだけの攻撃を受けているのに――恐ろしいことに、門はぴたりと閉ざされたまま、まったく開かない。


(というより、攻撃をはじき返している?)


 目をすがめて南門の様子を見たミーティアは、その異様さに思い切り眉をひそめた。


「門を乗り越えようとしている奴もいるぞ。塀を越えようとしている奴も……」

「なのに全員はじき飛ばされている?」


 ヨークとロイジャも揃って指摘してきた。


「護符か結果の力が働いているせいか?」


 リオネルの問いを、ミーティアは即座に否定した。


「結界はとにかく、護符は人間を守るために存在するものだもの。対象が魔物以外のものをはじき飛ばすなんて、まずあり得ない」

「じゃあ下で起きている様子はなんだって言うんだ。聖職者が使う呪いとかの力が働いているのか?」

「可能性があるとすれば、それだけど……それにしたって、あんなことができる聖職者がいるとは思えないわ」


 少なくともミーティアが知っている聖職者の中に、あれだけの力を持った人間はいない。

 そのときだ。頭上を覆っていた【神樹しんじゅ】の枝葉が、ガサガサガサッと不気味に揺れ動いた。

 顔を上げた一行は、そこではじめて【神樹】の異変に気づく。


「遠くから見たときは気づかなかったが……なんか黒ずんでいないか、あのあたり」

「わたくしもそう見えるわ」


 ちょうど太い幹から枝が伸びるところが、妙に黒くなっていて、腐っているように見える。

 そのあいだも近くの枝がガサガサ……と不穏な音を発した。おまけに白い葉っぱがひらひらと何枚か落ちていく。


「――あり得ない、【神樹】の葉が落ちるなんて……! やっぱり神殿で、なにか悪いことが起きているわ」


 ミーティアは青くなって、震える声で叫んだ。

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