第七章

第1話-1

「さっすが魔鳩マバト! もう中央が目と鼻の先だな。三時間くらいでここまで帰ってこられるとはな!」


 全身を打つ風に負けない声でリオネルが叫ぶ。


 彼の前にいるミーティアは口をへの字に曲げながら杖を握り直した。上空を飛んでいるせいでとにかく寒くて、ずっと薄く結界を張ってしのいでいる状態だ。

 だが寒さはしのげても風まではどうしようもできず、彼女の髪はすでにボサボサになってしまっている。


 リオネルのうしろにまたがる騎士二人も「隊長、よくそんな元気でいられますね……」とあきれ顔だ。

 最初こそ高さにおののいていた二人だが、今はこの風と不安定な姿勢でずっと魔鳩に掴まっていないといけない疲れが勝っているらしい。


「こういう機会でもないと魔鳩に乗るなんてできないしな。一生に一度あるかどうかのことと思えば、それなりに楽しめるだろ」


 リオネル一人がにこにこしている。


 とはいえ隊長の彼まで怖がっているようなら、彼の前に座って腰を支えてもらっているミーティアはもっと恐ろしい思いをしただろう。こうして杖を両手で構えられるのも彼が支えてくれるからなので、よかったと言えばよかったのだが。


「さすがにここまでくると【神樹しんじゅ】もはっきり見えますね~」

「あいかわらずでっかいなぁ」


 ヨークとロイジャという名の二人の騎士が、どちらともなく上を見上げる。


 真っ白に光り輝く【神樹】はあまりに大きいため、もはや山のようになっている。

 まっすぐに天に伸びる太い幹から枝が四方に伸びているが、その枝も真っ白で、葉っぱも真っ白。そして大きく広がった枝は中央――王都すべてを覆うほどに、大きく広がっていた。


 そこまで枝が広がっていると中央の都市全体が日陰に入りそうなものだが、そこが【神樹】の不思議なところで、その枝は決して太陽の光をさえぎらない。

 だが夏の暑い日差しはさえぎってくれるし、冬の強風からもある程度守ってくれる。


 きれいな水と空気も保証されているだけに、【神樹】に近ければ近いところほど、快適な生活が約束されているのだ。


(だからこそ【神樹】はなによりも大切にしなければならないというのに……あんなに皮をぐなんて、罰当たりな)


 真っ白に輝く【神樹】の美しい姿を見ていると、よけいにはらわたが煮えくりかえる。


 そうこうするうち中央の街が見えるようになった。

 魔鳩は『クー!』と嬉しげに鳴きながら、迷うことなく飛んでいく。おそらく帰ってくるときはここにと指定されているであろう、魔鳩専用の宿舎に向かっているのだろう。


「ちょ、スピードが上がってません!?」

「魔鳩ちゃん、飯のありかが近いからって飛ばしすぎー!」


 背後の騎士たちがわめくように、おそらく宿舎にある食料の香りを嗅ぎ取ったのだろう。それまでも猛スピードで飛んでいた魔鳩は、ギュワンと耳元で風がうなるほどの速度で滑空しはじめた。


「地面に向かって一直線過ぎいいいいい!」

「ぎゃあああああああ!」


 背後の騎士二人がうるさい……。とはいえ、気を抜くと振り落とされそうなスピードにミーティアもあわてる。

 ぶわっと身体が浮き上がる気配がして冷や汗が滲むが、リオネルがしっかり捕まえていてくれた。


「安心しろ、全員おれと命綱いのちづなでつながっているんだから、たとえ魔鳩から落ちてもおれが支えてやるよ!」

「それはありがたいですけどやっぱ怖いしこのスピードいやだあああああああ!」


 そうしてぎゃあぎゃあ言っているうちに、魔鳩は中央の都の上を滑空していく。すごい速度で飛んでいるとは言え、街の様子はしっかり見えた。


「なにあれ……?」


 ミーティアは思わずつぶやく。彼女の視線の先には中央神殿の大門があった。

 中央神殿は【神樹】を丸く囲むように建っており、一般の民が入れる出口は東西南北の四箇所に設けられている。

 飛んでいる場所から一番近い北門を見た彼女は、門前の広場に大勢の人間が殺到しているのを見て息を呑んだ。


「なんだ、あの人だかりは。魔鳩、ちょっとストップ。あっちに行ってくれ」

『クルッポ?』


 魔鳩は不思議そうにしながらも、手綱を引っぱられるまま旋回して(背後で騎士たちがまた「ぎゃあああ!」と叫んでいた)北門へ飛んだ。

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