第2話-5

「……正直、チューリ様と同じように『おかしいな』とは感じておりました。ここ数年で聖女の祈りが絶えておりましたので、劣化れっかした上で雨風にやられたのかと思っておりましたが……」

「それはありえないわ。嵐などによって【くい】自体が抜けて、その辺に転がっていたというのは過去に何度かあったの。でも、あのように真ん中から二つに折れているなんてことは一度たりともなかったわ」


 中央神殿時代に【杭】の祈りを行ったことがあるというチューリはきっぱり言った。


「祈りに回る前に【杭】について説明を受けたし、書物も読んだけれど、あの【杭】は聖職者による特別なまじないがかけられていて、ちょっとやそっとじゃ折れたり壊れたりしないようになっているの。聖女の祈りが絶えても【杭】自体の機能は五年は失われないとも書かれていたわ」

「五年……確か、祈りを行った公式記録が残っているのは五年前までだって言っていたよな、ミーティア?」


 リオネルの確認にミーティアはうなずいた。


「最後に祈ったのが五年前なら【杭】の機能はちょうど停止する時期だったということになるわ」


 するとチューリは「つまり中央神殿は五年【杭】を放置していたということ?」とぎょっと目をみはっていた。


「なんということ……。怠慢たいまんもいいところだわ」

「ではやはり、【杭】があのように壊れたのは祈り不足で機能を失ったから……?」

「機能を失ったとしても、【杭】自体が壊れる理由にはならないと思うわ。修理のために手をふれたならわかると思いますが、あの【杭】は頑丈で特殊な素材でできているの」

「確かに、重みもかなりあって驚きました」


 拾い上げた【杭】の重さを思い出しつつ、ミーティアはうなずいた。


「何百年も前の聖職者と聖女が【神樹しんじゅ】から湧き出るもっとも清らかな水に浸して、一年以上もかけて祈りの力を込めた素材が、あの【杭】には使われているの。岩や鉄など目ではないほど、重くて硬い素材なのよ」


 【神樹】に力がある限り、どんなことをしても砕けることはないと言われている素材だというのがチューリの説明だった。


「の、わりに、真ん中からボッキリ折れていたけど」


 リオネルが困惑顔で指摘すると、チューリも「だから不可解なのです」と語気を強めた。


「どんなことをしても、本来折れるものではないはずなのよ、国境を守る【杭】というものは。それがあんなふうに破壊できるなんて……それこそ、わたくしたちの考えの及ばぬ力が働いているとしか思えない」

「考えの及ばぬ力……」

「わたしもそれがなにかと言われると答えられないのだけど……とにかく、わたしの知識と経験から考えて、【杭】が壊れるというのはあり得ないことなのよ」


 だがそのあり得ないことが、実際北の国境では起こっているわけだ。もしかしたら……というか、おそらく高確率で南のほうでも起きている。


「それと、個人的にもう一つ気になっていることがあるの」


 この際だからすべての情報を共有しようという面持ちで、チューリが口を開いた。


「最近、定期的に魔鳩マバトが飛んでいくのを見るようになっているの」

「魔鳩……支援物資を運んでくる、わけじゃなく?」


 違うだろうなと思いつつ確認すると、案の定チューリは「支援物資なんてもう半年以上こないわ」といきどおりをあらわにした。


「あの独特の飛行音で飛んでいるのは気づけるのだけど、降ろすことはできなくて……。方角的にここよりさらに北、デュランディクスに飛んで行っているのだと思うわ」

「デュランディクスに」


 ミーティアとリオネルは顔を見合わせた。


「どうかなさって?」

「……国境を回る前、第五神殿に近いところにある街に滞在したんです。そのとき魔鳩から支援物資を受け取ったんですが……」


 リオネルの説明に、チューリも不審そうに眉を寄せた。


「荷物を一つ担いだまま、魔鳩が飛んで行ってしまったと……?」

「そうなんです。北に向かったので、気になって。おれたち以外に北に詰めている部隊はいないし、民も聖女たち含め全員避難して誰もいないはずなのに、どこへ向けて飛んでいくんだろうと」

「それで、山を越えてデュランディクスに行くのではないかと思っていたんです」

「いったいなんのために……」


 チューリも難しい顔で考え込んでしまった。

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