第2話-4

「国境に沿って、できるだけ長く大きな結界を張れ、ミーティア!」


 魔物の返り血まみれになりながら、リオネルが指示を飛ばした。

 騎士たちに降ろされたミーティアは言われたとおりにしようとするが、リオネルがどんどん魔物が潜む外へ出て行こうとするのであせってしまう。


「あなたが国境の外に出ちゃっている状態だけど、結界張って大丈夫なわけ!?」

「おれは魔物をあらかた倒したら、結界を飛び越えて戻る! 騎士たちは荷物から護符を出して、彼女の結界に沿うようにどんどん貼っていけ!」


 あわてるミーティアと違い、騎士たちはすぐに「はい!」と答えて、あとから健気に着いてきた馬たちのもとへ走った。護符を荷箱から取り出すなり、方々へ全速力で駆けていく。


 左右を見渡したミーティアは、もともと国境であったであろう部分に石造りの壁があった痕跡こんsねきを見つけた。その上に沿うようにして、結界を強く張り直す。

 そんな彼女の前では、リオネルが驚くべき速さと動きで魔物を翻弄ほんろうしているのが見えた。


(戦いと言うより、剣舞を見ているみたいね。強化された足腰を自在に使って、魔物から魔物へどんどん飛びかかっている)


 方向転換するときに剣を振って魔物を切りつけ、跳んだ先でまた魔物を傷つけ、また跳び上がる。

 魔物から魔物へ身軽に飛び回り、ときに自身の身体を回転させて魔物を切りつけていく彼は、遊びに用いるベイコマによく似ていた。回転が速く鋭く、その勢いのまま敵にぶつかって、大きく外へはじき飛ばしていく。


「――隊長! 護符を貼り終えました!」

「ご苦労!」


 最後の一匹を切りつけたリオネルは、倒れ伏す魔物を踏み台にして高く高く跳び上がる。そして宝石のまる剣を掲げた。


「封印……!」


 彼の声に応じて、柄に嵌まった宝石が強く輝く。弱っていた魔物が紫色の霧のようになって、その宝石にあっという間に吸い込まれていった。


「隊長、森の奥から新しい魔物きてます! 早くー!」


 結界の内側にいる騎士たちがあわててリオネルに声をかける。

 地面に降り立ったリオネルは、大きく屈伸くっしんしてからまた跳び上がり、ミーティアが張った結界をギリギリ飛び越えて、なんとか国境の内側へ帰ってきた。


 そして、新たにやってきた魔物たちは、結界の内側に張られた護符に反応して、ぴたりと進軍を辞める。悔しそうにうなり声を上げてうろうろしていたが、護符に近づくことができないため、やがてゆっくりきびすを返していった。


 彼らが充分離れたところで、ミーティアは結界を解除する。緊張の糸が切れてか、一気に疲労感が襲ってきて、彼女はがくりとその場にひざをついてしまった。


「聖女様! 大丈夫ですか!?」

「……な、なんとか……」


 言葉を絞り出すのも精一杯だ。全長一キロ近い長さの結界を自分の左右に展開するのは、さすがの彼女でも骨が折れた。


「地方第五神殿へいったん戻る! あそこなら前に貼った護符も生きているからより安全だ。怪我人はいないな? よし、移動開始!」

「おお!」


 騎士たちはすぐに答えて動きはじめる。先ほどまで激しい戦闘をくり返していたというのに、まだ動けることにミーティアは仰天してしまった。


「あなたたち……すごいのね」

「へへへ。そう言ってもらえるところを見せられてよかったです」


 ミーティアを馬に押し上げてくれた騎士が照れくさそうに笑った。


「聖女様と会った日の戦闘は、言っちゃあなんですが、ひどいものでしたからね」

「ほぼ全員で魔物一匹に挑んで、めっちゃ苦労していましたから」

「あのときは皆どっかしら怪我や痛みを抱えていたし、護符の効果もない上に武器も錆びついていたから、正直、玉砕ぎょくさい覚悟で戦っていたんですよ」

「玉砕って……」


 さすがに息を呑むミーティアに、彼女の足をあぶみにかけていた騎士が笑いながら「だから聖女様がきてくれて助かりました」とうなずいた。


「新しい武器も支給してもらえたし、街で腹一杯食べたから元気も百倍。なにより聖女様の護符のおかげで、おれたちもビビらずに魔物に飛び込んでいけました。本当にありがとうございます、聖女様。聖女様のおかげで、おれたち本来の力で戦えました」


 そばにいる全員が感謝のほほ笑みを浮かべているのを見て、ミーティアは心からほっとした。


「そう……。わたくしは、きちんと役に立てていたのね……」

「そんなの当たり前……、って、聖女様? うわあっ! 聖女様あああ!」


 騎士の声が遠くなる。彼らの言葉にほっと息をついた途端に、視界がぐるぐる回って、限界に達したミーティアは馬上で気を失ってしまった。

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