第3話-3

 だが悠長ゆうちょうに分析している暇はない。魔物がぶつかってくるたびに杖が大きく震え、しかも限界だと言わんばかりに熱くなってくるのだ。

 熱せられた鉄を握っているような感覚に手のひらがビリビリと痛む。ミーティアは歯を食いしばりながら、必死に杖を前に押し出した。


「いい、かげん、に……、しな、さい、よぉっ!!」


 声とともに杖をぐっと前に押し出す。それに合わせて結界が一気に前に出た。

 これまで一方的にぶつかっていた結界に、今度はドゥッとはじき飛ばされ、魔物はもんどり打って転がっていく。


『グギャアアアア!』


 ジタバタと痛そうに身悶みもだえる魔物を「ざまぁみろ」と思う一方で――。


「……は、はぁ、はぁっ……!」


 ありったけの力を込めて結界を動かしたせいか、立っていられないほどの疲労が襲ってきて、ミーティアはがくっと膝をついた。

 結界が急激に薄くなり、ほとんど機能しなくなる。


「ミーティア様!!」


 チューリが悲鳴のように叫ぶ。

 ミーティアは必死に顔を上げようとしたが、極度の疲労でもう目がかすんでいる。

 うつろな視界の中で、身をよじった魔物がこちらに飛びかかろうとするのが見えた。


(もう駄目――)


 そんな言葉が頭をよぎったときだ。


「――そこだぁッ!」


 高く飛び上がったリオネルが、魔物の喉あたりを一閃いっせんする。

 ザンッ! と音がするほど鋭い一撃に、魔物は一拍遅れて恐ろしい悲鳴を上げた。


『ギィイイイイイイイ……!』


 切りつけられた喉からドバッと紫色の血が噴き出す。

 それと同時に、なにかキラリと光る玉のようなものが飛び出してきた。リオネルはそれを空中で捕まえる。


 そして、玉が血とともに外に出た途端、魔物はシュルシュルとその大きさを縮めていき……だいたい民家と同じ、つまりは通常の魔物と同程度の大きさになった。


(どういうこと……!?)


 全員があっけにとられる中、リオネルは剣を掲げ「封印!」と叫ぶ。

 さんざん暴れ回った巨大魔物は、紫色のきりとなってつかまる宝石に吸い込まれていった。


 とにかく目の前から魔物が消えたことで、全員がほっと胸をなで下ろす。

 しかし――。


「ぎゃああああああ! あっ、あぁあっ、いたい、痛いぃいああああ……!」


 街の人々が集まるほうから悲鳴が聞こえて全員がハッとそちらを向いた。


「おじいちゃん! おじいちゃああん!」


 子供の泣き叫ぶ声が聞こえる。騎士たちが駆けつける中、ミーティアも杖にすがって必死にそちらに向かった。


「いやあああ、おじいちゃん!」

「駄目だ、さわるな! おまえも同じように溶けるぞ!」


 先に駆けつけた騎士が、半狂乱で暴れる少女を必死に押さえつけている。彼らの視線の先では、両足から紫色の煙を上げた老人がのたうち回っていた。


 周囲には魔物の身体から噴き出た血が溜まっている。どうやら喉を切られたときに飛び散った血が、老人にかかってしまったらしい。


「あ、あぁ、ああっ、けるぅぅ……っ」


 老人は苦悶くもんに顔をゆがめて暴れ回る。そのあいだも両足からはシュウウウ……と音を立てて煙が上がっていた。さながら火であぶられたような状態だ。


(魔物の血が持つ毒だわ……!)


 ミーティアはゾッと背筋を凍らせる。

 おまけに黒い斑点はんてんのような模様が、老人の皮膚にどんどん広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る