第1話-4

 ミーティアは盛大に鼻を鳴らして、聖女の杖をやりかなにかのように肩に背負う。


「――ま、わたくしもそんな能なしの上司の下であくせく働くのも馬鹿らしいので、お望み通り、中央神殿から出て行って差し上げますわ」


 堂々とした宣言に、聖職者や聖女たちが「そんな!」と悲痛な声を上げた。


「ミ、ミーティア様に出て行かれたら、毎日のように詰めかける怪我人や病人をどうさばけばいいのか……っ」

「ああ、それはわたくしではなく、わたくしの追放を決定したそこの馬鹿親父に言ってくださいな。わたくしも首席聖女として皆様と一緒にがんばりたかったのですが、馬鹿の馬鹿な決定のせいで難しくなってしまいました。本当に悲しいことですわ」


 聖女らしい優しい笑顔を浮かべてミーティアは言う。

 はかなげで美しい笑顔なのに、くちびるから漏れる『馬鹿』という言葉が辛辣しんらつすぎて、聖職者たちもなにも言えなくなってしまった。


 だが、そんな中でもただ一人「あ、あの……!」と果敢かかんに声を張り上げる聖女がいた。


「なんでしょう、グロリオーサ様」


 ミーティアは優しく声をかける。

 緊張の面持ちながら前に出てきたのは、ミーティアと首席聖女の試験を争ったグロリオーサだった。


 ふわっとした栗色の髪に大きな緑の瞳をした彼女は、十六歳という若々しさに満ちた将来有望な聖女だ。だが若者らしく少々素直すぎるところがあり、ミーティアとしてはそこが良くも悪くも印象的だと思っていた。

 果たして、聖女グロリオーサは意を決した面持ちで意見する。


「さ、さすがに、お口が悪すぎると思います……! 地方に異動になって腹が立つのはわかりますけど、そ、その口の利き方……聖女として恥ずかしくないんですか!?」


 見守っていた周囲の人々は、なんとも言えない表情になる。

 グロリオーサの言うことはもっともだが、そんなきれい事など言っていられるかというミーティアの心境もわかるだけに、どういさめたらいいのかという雰囲気になるが……。


 周囲の困惑などどこ吹く風。ミーティアは後輩に当たる聖女ににっこりとほほ笑んで見せた。


「そうですね。では、そんなわたくしを反面教師として、あなたは身も心も清らかな聖女を目指してください。わたくしはあいにく、こちらがなの」

「素って……」


 あっけらかんと笑うミーティアに、グロリオーサは毒気を抜かれた面持ちになる。

 そんな彼女の肩をぽんぽんと優しく叩いて、ミーティアは続けた。


清廉潔白せいれんけっぱくな聖女を演じていたのは、首席聖女になって、あのクソハゲ馬鹿親父率いる上層部にもの申したかったからなのよ。もの申した結果、こうして左遷させん、というか追放ということになったから、もう猫を被る必要もなくなったというわけなの! 理解できて?」

「は、はぁ……」

「根が真面目で聖女の仕事に誇りを持つあなたなら、きっと見せかけではない本物の清らかな聖女になれると思うわ! がんばってね、心から応援しています」

「へっ? え、あ、ありがとうございます……?」


 きらきらした笑顔のミーティアに手を握られ、上下にぶんぶん振られたグロリオーサは、わけがわからないという顔になりながら一応うなずく。

 そんなグロリオーサの手を掲げて、ミーティアは晴れやかな笑みで周囲を見回した。


「もう首席聖女でなくなったわたくしの言葉がどれくらいの効力を持つかはわからないけれど、次の首席聖女にはグロリオーサ様を推薦しておくことを、ここで宣言しておきます。グロリオーサ様、首席聖女となった暁には、わたくしと同じようにたくさんの重傷者を癒やし、【神樹】に祈りを捧げ、寝食を惜しんで一生懸命に働いてくださいね!」

「えっ……?」


 不穏なせりふを言われた気がしたグロリオーサが口元を引きらせる中、ミーティアは美しい所作で一礼した。


「では、お役御免ごめんになったわたくしはさっそくここを出る支度をしますので。……あ、筆頭聖職者様、追放したわたしを『やっぱり人手不足だから戻ってきて!』なんて呼び戻したりしないでくださいましね。心の底からウザいので。――それでは皆様、ごきげんよう!」


 ミーティアは居並ぶ人々にも輝かしい笑顔で手を振って、杖を手にさっさとホールを出て行った。


 残された人々は唖然あぜんとしたまま固まってしまう。

 何人かがグロリオーサと、すっかりしおれたボランゾンに目を向けたが、二人もまた呆然と目を見開いたままピクリとも動かなくなってしまっていた。

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