第1話-3

 場が騒然そうぜんとなる中、ボランゾンだけは「ふんっ」と鼻を鳴らす。


「それを神殿のトップであるわしが把握していないとでも思うのか? 国境には王家とも話し合った上で、充分な数の騎士を派遣している。これは政治的な問題で、聖職者が考えるべきものだ。聖女の職務の範囲ではない!」

「とか言って、地方で傷ついて戻ってきた騎士の手当ては聖女に丸投げするくせに」

「な、なにをぅ?」


 今度はミーティアが「はんっ」とボランゾンを鼻で笑った。


所詮しょせん、聖職者が持つ【神の恩寵おんちょう】たる聖なる力は、聖女の足下にも及びませんものね。この神殿にいる聖職者全員の力を合わせても、わたくし一人に敵うものではないというのは自覚されておりまして?」

「な、なん……、こ、この……っ」

「あら、人間って図星を突かれると言葉が出なくなるものですね」


 ミーティアはこれ以上ないほど嫌みったらしく笑う。だが再び口を開いたときには真面目な面持ちに戻っていた。


「騎士も数に限りがあります。そもそも怪我をして戻ってくる騎士を減らすためには、一度聖女が地方をめぐって【神樹しんじゅの加護】の及ぶ範囲を再確認する必要があります。【くい】が破壊されている場合は直したり、護符を張る必要もあるでしょう。それを提案したことが『聖女の職務の範囲外のことをした』ということに当たるなら、わたくしが提案する前に聖職者のほうで対策を練っておくべきだったのでは?」


 杖の先を筆頭聖職者に向けて、ミーティアはいきどおりを込めて主張する。


「おっしゃいましたよね? 『政治的な問題は聖職者が考えるべき』なのだと。わたくしからすれば、あなた方がこの問題を真剣にとらえているとはとうてい思えません。事態はこの国の安全にも及ぶというのに!」


 ガンッ、と杖で床を叩いて、ミーティアは続けた。


「そして三つ目の理由の『神樹への祈り時間の不足』ですが、これは当たり前ではありませんか? 大怪我をした騎士が年がら年中運び込まれてくるし、そういう騎士の治癒は全部わたしに回されるんですよ? 祈るどころか、眠る時間すら削っている有様なんですが?」


 どうなんだとにらまれて、ボランゾンはうぐっと言葉を詰まらせた。


「そ、それは……治癒の力はそなたが一番強いから……」


 いいわけがましくぼそぼそぼそとつぶやいたボランゾンに対し、ミーティアはガンッ! とこれまで以上に強い力で杖を床に打ちつけた。


「強いから、じゃありませんのよ、このクソハゲ親父! おかげで首席聖女になってから三ヶ月、こちらは一日四時間も睡眠時間が取れていないことをわかってて言っているというわけ!?」

「ひぃっ!」


 ボランゾンが縮こまる。ミーティアの迫力にされ、見物している聖職者たちまであとずさりはじめた。

 とはいえ、彼らはだいたいミーティアに同情的だ。


「確かにミーティア様はここ数ヶ月、ずっと治癒室にいらしたわ。なんならその隅で仮眠なさっているときもあったし……」

「わたしたちもがんばって治癒に回っているけれど、やっぱりミーティア様のお力はずば抜けていらっしゃるから……」

「どうしても重傷者はミーティア様に回されがちだものね……」


 聖女たちがコソコソとうなずき合う。ボランゾンがうろたえた様子で視線を泳がせた。


「そ、それは……や、やはり重傷者には早いこと楽になってもらいたいではないか……」

「そのお気持ちはご立派ですけれどね。治癒に当たるこちらも、聖女である前に人間なのです。飲まず食わずで働き続ければそのうち倒れるという当たり前のことがおわかりになりませんか? ……まぁ、わからないから、このわたくしに追放を言い渡すような能なしの技を為せるのでしょうけども」

「の、能なし……」

「わたくしだって首席聖女に選ばれたからには、【神樹】への祈りは人一倍熱心に行いたいと思っておりましたとも。で・す・が、それを阻むように次から次へと重傷者を回してくるのは、いったいどこの筆頭聖職者様の差し金だったのでしょうねぇ?」

「さ、差し金なんて、そんなことは……」


 さみしくなった頭部に冷や汗をにじませるボランゾンに、ミーティアのみならず居並ぶ人々も一様にしらけた視線を送った。


「――ま、それでもなお、わたくしを首席聖女から下ろし、地方へ向かわせるということは、単純にわたくしの存在があなた方、神殿の上層部にとって邪魔だからということですよね」

「うっ……」


 腕組みしたミーティアは、縮こまるボランゾンに対しこれ見よがしにため息をついて見せた。


「重傷者の手当てだけに走り回っておとなしくしていればいいのに、わたくしが神殿のやり方に口を出すものだから、いっそのことを遠くに飛ばしてなにも言えないようにしてやろう、と。つまり、そういう魂胆こんたんなわけでしょう?」

「そ、それは……」

「――それはもなにも、そういうことでしょうが! 最初からはっきりそう言えばいいものを、明らかに『はあ?』としか言えない理由を並べ立てて、わざとらしく大勢の前で言うから、より滑稽なんですよ。このクソハゲ馬鹿親父!」

「ば、ばか……!?」


 クソハゲのみならず馬鹿まで加わって、ボランゾンはひきつけを起こしそうな顔になってふらついていた。

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