第1話-2

「う、うそでしょう? あのミーティア様がボランゾン様をにらみつけている……?」

「あの、常に笑顔で誰にも優しく、模範的な聖女のミーティア様が……?」


 普段の彼女とは明らかに違う豹変ひょうへんぶりに、聖女たちは怖々と寄りそい、聖職者たちも困惑しきりといった顔を見合わせた。

 先の宣告を下した筆頭聖職者ボランゾンも同じ認識だったらしい。すっかりさみしくなった頭髪、及び口ひげをひくひくと震わせ、顔をじわじわと赤くしていく。


「そ、そ、そなた、なんだ、その言葉遣いは……!? 筆頭聖職者たるわしに向かって、なんたる無礼――!」

「理由も説明せず、いきなり『はい・追放』とか言ってくる相手に敬意を払う必要はないと考えて、あえてこの口調で話しているのですが? 敬語を失わないだけマシとは思われません? あなた様のことを『このクソハゲ親父』とお呼びしてもいい程度には、わたくしも腹を立てておりましてよ」

「く、クソハゲ親父だと……!?」


 ボランゾンが喉を絞められた雄鶏おんどりのような声を出す。

 裏返ったその声と『クソハゲ親父』という呼称がツボに入ったのか、周りを囲む何人かが小さく噴き出した。

 いずれも顔を真っ赤にしたクソハゲ親父……もといボランゾンににらまれ、あわててすまし顔に戻ったが。


 そんな中、聖女ミーティアは不機嫌な面持ちを隠すことなく、上役うわやくたるボランゾンをにらみつける。


「で、どうしてわたくしが首席聖女の座を降ろされて、地方に飛ばされるのですか? 理由を話してくださらなければ、わたくしはもちろん、ここに集まった聖女や聖職者たちも納得することができないと思いますが」


 杖でまたガンッと床を叩いて、ミーティアは凄む。

 聖女とは思えない詰めより方はとにかく、言っていることは至極まともなので、ボランゾンは奥歯をギリギリと噛みしめた。


「ふ、ふんっ! そもそも聖職者のトップであるわしを、そんな目でにらんでいる時点で首席聖女にはふさわしくないわ!」

「そういう感情論はどうでもいいので、納得のいく理由の説明を!」

「こ、このっ、……それがおまえの本性だったとは……っ。やはり追放の決定を下して正解だった……」


 ブツブツとつぶやきながらも、ボランゾンは小脇に抱えていた巻物を広げる。それを高々と掲げた彼は、もっともらしく咳払いをした。


「うぉっほん。では説明しよう。称号剥奪はくだつの理由は『一つ、首席聖女の選考試験にて、一位の成績を残せなかったから』、『二つ、首席聖女の職務の範囲外となることを行おうとしたから』、『三つ、【神樹しんじゅ】への祈り時間の不足』――以上だ!」


 周囲がまたざわざわと不穏な空気に包まれる。ボランゾンは「なにが不満だ」とでも言いたげな面持ちでその場で胸を張った。

 表情を変えずに三つの理由を聞き終えたミーティアは、ふぅっと一つため息をつく。そしてやれやれと言った面持ちで顔を上げた。


「――では、その三つの理由に異議を唱えさせていただきます」

「い、異議だと?」

「当たり前でしょうが。まず最初の『首席聖女の選考試験』ですけど、それって先日グロリオーサ様と行ったアレですよね?」


 ミーティアは親指でくいっと背後を示す。

 全員の視線がそちらへ向かい、名指しされたたグロリオーサという聖女は「ひっ」と首をすくめていた。


「確かに、グロリオーサ様は優秀な聖女です。まだ十六歳でありながら治癒の力も強く、祈祷きとうがお上手で、魔物と戦う王国騎士たちがこぞって護符を求めにやってくる盛況ぶり。わたくしも首席聖女として、彼女の成長はとても楽しみにしておりましたわ」


 し・か・し! とミーティアは一文字一文字を強調してから続けた。


「先日、彼女と行った首席聖女の試験、その結果は明らかにわたくしのほうが上だったと思いますけど」

「うっ……。な、なぜそう言い切れる?」


「だって、筆記試験はわたくしが十分で解き終わったのを、彼女は計算や古語がわからないと言って泣きながら三十分以上かけて解いていました。おまけに答案用紙の半分は空白だったと、答案を回収した聖職者がため息をついていましたし」

「んぐっ……」


「実技試験も、傷ついた動物を癒やすというものでしたよね? わたくしが足を骨折して処分される寸前だった馬を全快させたのに対し、彼女はうしろ足の折れたウサギの傷をふさいだのみ。動物相手の治癒は人間相手より大変ですから、ウサギの足を癒やしただけでもたいしたものではありますが、馬とウサギで果たして比べものになるものやら……」

「ぐぐ……」


「結界の張り方も、同じ強度の結界をわたくしがこのホールの壁一面にめぐらせたのに対し、彼女は扉程度の大きさのみ。結界が展開できる聖女は数が少ないだけに、できるだけですごいのは間違いありませんが、それにしてもねぇ……」

「ぐぎぎ……」


「祈祷文の詠唱えいしょうもどちらが流麗りゅうれいに詠めたかは一目瞭然でしたでしょう。護符の書き方も、彼女のやり方は少々雑だったと思うのですが。とはいえ護符自体の力はとても強いので、書き方さえもっと丁寧にすれば、さらに強力になるのは間違いないありません。そこは要指導ということで今日から徹底していただいて――」


 ほかにもつらつらと語りまくるミーティアに対し、額の青筋をピクピクさせていたボランゾンは、耐えきれなかった様子で叫んだ。


「け、結局なにが言いたいのだ、この性悪聖女めがッ!」

「どう考えても、わたくしがグロリオーサ様に試験で負けたのはありえないと申し上げたいわけです」


 ミーティアは簡潔にはっきり答えた。

 ボランゾンはよけいに顔を真っ赤にする。


「そ、そなた、採点した我ら聖職者の目が節穴だと申すのか!?」

「むしろ節穴以外のなんなのですか?」

「この! 言わせておけばつけあがりおって――」

「あいにく、まだ言い足りないので黙って聞いてくださいね。理由二つ目の『首席聖女の職務の範囲外となることを行おうとした』というのは、まぁいろいろあると思いますが、一番はわたくしが『もっと地方に聖女を派遣したほうがいい』と進言したことがげられるのでしょうね」


 ミーティアはそれまでの不機嫌顔を少し引っ込め、真面目に告げた。


「最近、地方で魔物退治に勤しむ騎士たちの被害が増えております。国境を守る【くい】がいくつか壊れているという報告も……。もしかしたら、【神樹しんじゅの加護】が弱まっている可能性が高いのではありませんか?」

「【神樹の加護】が弱まっている……!?」

 集まった聖女や聖職者たちがゾッとした面持ちで立ちすくんだ。

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